東日本大震災は、日本人の考え方まで変えたようだ。たとえば、震災後、「時間に追い回されるのがバカらしくなった」「職場の悩みなどなんでもないことに気がついた」という感想が聞かれる。これまでの“システムへの過剰反応”から脱して人間性の回復が始まっていると分析するのは、東工大准教授の文化人類学者・上田紀行氏だ。
「有給休暇を取る権利があるのに、普通の人は空気を読んで取ることができない。しかし、震災でそうした相互監視の雰囲気が少し緩んだのではないでしょうか」
上田氏は著書『「肩の荷」をおろして生きる』(PHP新書)で、フランスのような長期休暇取得の普及によって労働者が自己を回復させることを提唱している。今年、日本が「バカンス元年」を迎えることも上田氏は期待する。しかし何事にも、“元年”には戸惑う人がつきものだ。
「『俺がいないと会社が動くわけがない』と思っている人が、久しぶりに出社して何事もないことにショックを受けるなんてこともあるでしょう。リフレッシュ休暇を終えて会社に帰ってきた時に、自分の存在価値に疑問を持つに至って人生がリフレッシュするというような皮肉なケースもあり得ます」
作家の城山三郎氏は、「会社員」や「夫」や「父親」などあらゆる肩書きを離れ、一人の男としてどこにも属しない時間を「無所属の時間」と呼んで大切にしたという。バカンスは「無所属の時間」を設けて人生の意味を反芻するのにうってつけの時間である。
※週刊ポスト2011年6月10日号