電力不足を補うため、原発にかわって火力発電が次々に稼働しつつある。その燃料となるのは石油か天然ガスだ。震災直後、ロシアからの液化天然ガス(LNG)の緊急提供に感謝する声があるが、それはあまりにお人好しだ、日本は彼らの利のための道具なっていると、大阪商業大学の中津孝司氏は警鐘を鳴らす。
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すでに飽和状態となった欧州に続き、ガスプロムが次に食指を伸ばすのがアジアである。アジア太平洋に向かって南下し、市場を開拓するという戦略だ。その橋頭堡として標的になっているのが日本だ。
ロシアからの天然ガス供給が当たり前になった時、ロシアに突然供給を止められたら、日本はもう立ちゆかなくなる。そこで「東電の株を寄越せ」と安定供給の取引材料にすることも充分想定できる。外為法により、外資が上場する電力会社の株式を10%以上取得する場合は国の事前許可が必要だが、果たしてNOと言えるのか。まして、今や底値状態の東電株だ。その後の買い増しも容易だ。
ロシアが日本に多大な関心を寄せるもう一つの理由は、日本の持つ技術力を手に入れたいからだ。気体である天然ガスを冷却して液化するLNG生産の技術をガスプロムは持ち合わせておらず、何としてでもそれを手に入れたがっている。LNGはパイプラインでガスを供給するのとは違って、世界中に輸出ができるからだ。
例えば、中国は陸続きなのでパイプラインで供給できるが、中国だけのためのパイプラインになる。すると供給先が一国に限定され、価格交渉権が中国側に移りロシアの立場が弱くなる。販売先が複数に跨れば価格交渉権が中国だけに留まらない。ロシアはそのためにウラジオストクに天然ガスを送り、LNGに変えてタンカーで輸出したいのだ。
ガスプロムはクレムリンのエネルギー外交の一翼を担う。ガスプロムの声はクレムリンの声なのだ。もしガスプロムが東電の株式を1%でも取得した場合、それはプーチンの声か、大統領の声かわからないが、ロシア中枢部の声であることは間違いない。
もちろん東電支配のシナリオはこの一つだけではない。その時々の日ロ関係次第で異なるシナリオを選ぶ可能性もある。だが、いずれのシナリオでもガスプロムの日本侵入戦略は着実に動くだろう。
※SAPIO2011年6月15日号