死者約3000人という、未曾有のテロ攻撃をアメリカに仕掛けたウサマ・ビンラディンが、ついに潜伏先のパキスタンで殺害された。しかし、俄に高まったオバマ大統領の評価に対して、ジャーナリストの落合信彦氏は疑問を呈す。
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オバマは今年の7月にアフガンからの撤退を開始すると明言してきた。
今回のビンラディン殺害成功は、米軍の“出口戦略”を後押しするとの見方がある。確かに、撤退はしやすくなるだろう。しかし、それで事態が好転するかと言えば、楽観はできない。
オバマたちの事後処理のまずさは、「アメリカのやったことに問題があったのではないか」という考えを広めてしまう。オバマが焦って釈明すればするほど、アメリカへの不信は高まる。アルカイダの残党や、タリバンが狙っているのは殉教者としてのビンラディンを“神格化”することである。「アメリカの不正義によって命を落とした英雄のためのジハード(聖戦)」を彼らは虎視眈々と狙っている。ホワイトハウスが右往左往していては、神格化を手助けする結果にしかつながらない。
アメリカへの不信が高まる中で米軍がアフガンから撤退すれば、反米勢力が野放図に活動できる巨大な“空白地帯”が生まれる。アフガン大統領のカルザイは、米軍という重しが取れれば平気でタリバンと握手するだろう。しかもアフガンの隣国には、前述の通り反米感情が高まるパキスタンと、反米テロ支援国家・イランが控えている。
さらにその隣国はアフガンと並んで混迷の道を走るイラクだ。イラク南部には、イラン政府に同調するシーア派の集団の存在がある。中央アジアから中東まで、地続きとなる反米国家群の連帯は、「英雄の死」を掲げる国際テロ組織が媒介となって生み出されていく。
オバマはビンラディン殺害に成功した。しかし、それは何もオバマだけの功績ではない。アメリカは9・11テロ事件以前のクリントン政権時代からビンラディンの殺害を狙っていた。
10年以上、CIAをはじめ諜報機関が狙いを定めていった蓄積の延長線上に、今回の成功がある。オバマは作戦遂行のタイミングで、「たまたま大統領の職にあった」というだけだ。もちろん、オバマがビンラディン殺害を最優先事項の一つに挙げ、CIAに指示を出していたのは間違いない。だが、だからと言ってクリントンやブッシュに比べて何かが秀でていたとは決して言えない。「ビンラディン殺害を成功させたオバマであれば、対テロ戦争を望ましい方向に導ける」などと楽観的に考えてはならない。
3000人の命を奪ったテロ集団の最高指導者の息の根を止めたことは喜ばしいことだ。だが、その成功がむしろ、“新たなる悲劇のプロローグ”となりかねないことを、忘れてはならない。国際テロリズムとの戦いのゴールはまだ彼方にあり、我々はその途上にいるに過ぎない。
※SAPIO2011年6月15日号