今年3月、総務省は「地デジ対応受信機の普及率95%」と発表したが、この数字だけを喧伝していることに、総務省の意図を感じる。なぜなら、受信機を持っていても、地デジ放送を視聴できない世帯がまだまだ多く存在するからだ。
例えば、アンテナをVHFからUHFに交換していない世帯や、UHFアンテナの向きを調整する工事をしていない世帯、マンションなど集合住宅の共同受信設備が未対応の世帯、ビル影や山間部で電波が届かない難視聴世帯などである。
テレビやチューナーなどの受信機の保有率ばかりがクローズアップされるが、この問題は重大である。直前になってアンテナ工事の注文が殺到し、完全移行までに工事が間に合わないという深刻な状況が全国で起きている。
都内在住の50代主婦がいう。
「テレビを買い替える余裕がなかったので5000円のチューナーを購入したが、UHFアンテナを設置しなければデジタル放送を見られないといわれた。アンテナの購入と設置には8万円近くかかると聞いて、とても無理と断念しました」
自治体から依頼され、週末ごとに高齢者に地デジ化への対応を説明している関西在住のボランティア男性のもとには、ケーブルで電波を受信しているが、地デジを見る場合は新たに月額700円の契約料が必要といわれ、年金生活ではその出費も苦しいと躊躇する70代男性の相談が寄せられたという。
実際、総務省の地デジコールセンターには、今年4月の1か月間で受信方法や受信障害についての問い合わせが5万件あった。
実は総務省の調査結果を詳しく見ると、地デジ対応受信機を保有している世帯(95%)のうち、地デジが「視聴可能な世帯」は、5%減の90.3%という数字も載せられていた。
さらに、地デジを「実際に視聴している世帯」となると、82%にまで急落する。理由は不明だが、少なくとも総務省調査を信用するとしても現状で2割の国民がアナログを見続けているのである。
デタラメな普及率よりも、これらの数字のほうがよほど重要な意味を持っているはずだが、調査レポートの中で扱いは小さく、ほとんど目立たない。大量の地デジ難民を発生させることが目に見えているのに、総務省が強行突破を図ろうとするのはなぜか。
地デジ化政策に詳しい、福井秀夫・政策研究大学院大学教授が指摘する。
「国民にとっては無用な出費を強いられる経済的負担や、地デジ難民が発生するといった不利益を被る面が大きいのですが、この政策によって、民放ローカルネットワーク網の維持に成功したテレビ業界は大きな恩恵を受けます。
そのために、これまで3600億円という莫大な税金が地デジ化に投じられてきました。いまさら計画を撤回すれば、国民からどれだけ税金の無駄遣いをしたのだと追及を受けかねないという事情もあるのでしょう」
老人や低所得者など、弱者を非情にも切り捨てて突き進む「地デジ化」は、今からでも遅くないから撤回すべきである。
※週刊ポスト2011年6月17日号