菅政権後の「大連立」に向けた与野党の動きが、国民不在のまま加速・迷走している。もはや「自然災害より深刻な政治的災害」とすら言われているが、経営コンサルタントの大前研一氏が、原発に対する菅政権の唐突な指示の理由を明かす。
* * *
被災した東京電力・福島第一原子力発電所の事故後の対応をめぐっては、その理由や根拠がはっきりしない指示がいくつかあった。原子炉格納容器への「窒素注入」や、格納容器を冠水させる「水棺」、さらに中部電力・浜岡原発の「全炉停止」などである。
まず、窒素注入は、格納容器の上部に水素が溜まって爆発するのを防ぐためという理由だったが、実はその危険性はほとんどなかった。あの時すでに水素爆発は起きていたし、メルトダウン(炉心溶融)していることも十分予想できたから、さらに水素が発生する可能性は薄かった。
もし水素が発生したとしても、格納容器上部に穴が開いているようなので、そこから抜けてしまう。したがって窒素を入れる意味は全くないのではないか、という疑問も当然あった。現場はそれが分かっていた。だから福島第一原発の吉田昌郎所長は、本店からの窒素注入の指示に「やってられない!」と激怒したのだろう。
水棺も、私がYouTubeに公開した3月の講演映像で述べているように、格納容器に穴が開いていれば、いくら水を入れたところで外に漏れていくのだから、炉心燃料を覆うほど水位が上がるはずはない。その可能性を考慮していれば、これほど汚染水を増やさずに済んだかもしれない。
浜岡原発の全炉停止も、一部には「菅直人の英断」といった評価があったが、いかにも唐突で強硬な指示だった。
そもそも浜岡原発は、今すぐ止めても、2年後に止めても、地震で止まっても、リスクは変わらない。原子炉が「冷温停止」の状態になっても、原子炉や燃料貯蔵プールにある核燃料は今後も熱を出し続けるため、3~5年ほど冷却する必要があるからだ。
事実、福島第一原発では、定期検査で停止していた4号機の燃料貯蔵プールの水温が上昇し、建屋が爆発した。津波で全電源が喪失し、冷却水を循環させる装置が動かなくなったことが原因とされる。熱い核燃料がある限り、電源が失われて冷却が止まれば、福島第一原発と同じことが起こりうる。
しかも、3.11後、浜岡原発では、津波で冷却電源が失われる事態を想定して非常用電源のディーゼル発電機12台を建屋屋上や高台に設置し、持ち運びのできるディーゼル式動力ポンプも12台配備した。だから(中電によれば)津波に対する安全性は福島第一原発と違って十分に確保されている。にもかかわらず、なぜこれらの指示が実施されたのか?
実はこれらの唐突な指示はすべて、アメリカ政府の圧力によるものだと言われている。 その理由はいくつかあるが、たとえば浜岡原発の全炉停止は、もし浜岡原発が福島第一原発のような状態になったら、横須賀を母港とするアメリカ海軍・第七艦隊司令部(旗艦の揚陸指揮艦「ブルー・リッジ」内にある)の機能に障害が出るからだ。
第七艦隊は、東経160度線以西の西太平洋・インド洋(中東地域を除く)を担当海域とするアメリカ海軍最大の艦隊だ。その司令部がある横須賀に放射能汚染の危機が迫って兵士たちが避難する事態になれば、第七艦隊は機能不全に陥ってしまう。それをアメリカ政府は恐れたのだろう。
だが全炉停止したからといって、そのリスクは変わらないのだ。浜岡原発停止だけでなく、窒素注入も水棺も理不尽な要求であり、言うことをきく必要はなかったのである。
もともとアメリカの識者には、誰に対しても「相手が反発する」ことを「前提」に強い意見を言うという特徴がある。だから、理不尽な要求も平気で突き付けてくるのだが、アメリカはロジックの国だから、最初は自分の意見を強く主張しても、理屈さえ分かれば、すんなり意見を変える。アメリカ相手に40年近く仕事をしている私に言わせれば、それがアメリカのスタイルであり、アメリカの良さである。
もし日本政府が、前述したような理論武装をして、アメリカ側の要求を受け入れる必要がない理由を説明していたら、アメリカ政府は納得したはずである。つまり、アメリカの「理不尽な要求」はこちらの反論能力のなさ故であるとさえ言えるのだ。
※SAPIO 2011年6月29日号