「日本破綻」を声高らかに吹聴している男がいる。米国のファンドマネージャー、カイル・バス氏(41歳)。彼は2008年のリーマン・ショックを招いた住宅バブルの時、空売りによって初期投資の7倍を稼ぎ出した実績を持つ。
そのバス氏がすでに1億100万ドルを投資家から集め、日本国債の空売りに動き出そうとしている。 在米ジャーナリストの水野ハルカ氏が報告する。
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201X年X月X日朝、干しシイタケの抗がん効果を特集していたテレビのワイドショー番組の画面が突然変わった。
「緊急ニュースです。日本の財政が破綻し、懸念されていた日本国債のデフォルト(債務支払い不能)が発生しました。国債相場は暴落、日経平均株価はバブル崩壊後最安値を更新中、円安も歯止めがききません」。
首相官邸での緊急記者会見を待つレポーターは上ずった声で日本発の世界経済危機を告げる。
暴落の黒幕は『日本のXデー』の到来を予測していたヘッジファンドだ。1992年にジョージ・ソロスが100億ドル相当をつぎ込みイギリス中央銀行をポンド危機に追い込んだように、巨額なマネーが日本売りに標的を合わせ市場に流れ込んでいた。
この時、米国テキサス州ダラスにあるオフィスの取引スクリーンで日本国債相場の値崩れを冷徹な鷹のような目で見つめている男がいた。ヘッジファンド運営会社「ヘイマン・キャピタル・マネジメント」の創始者カイル・バス氏だ。
マイアミ生まれで、大学卒業後に大手証券会社に就職。すぐに独自の調査に基づく株の空売りで認められた彼は、2000年代半ばから日本のXデー到来を予測していた「日本空売り王」。日本の財政破綻による空売り投資のうま味は、リーマン・ショックを招いた住宅バブルよりも大きいと豪語してきた。
読みが実現した今、彼の頭には次の投資戦略の青写真ができている。売りの後は買いだ。
日本を訪問した際に崩壊後の日本のリストラクチャリング(事業の再構築)局面で何を買うかの目星はつけている。2008年、米国の住宅バブル崩壊でフロリダ州やラスベガスの住宅価格が暴落した際「ヘイマン・ウッズ・レジデンシャル・ストラテジーズ・ファンド」を立ち上げ、不動産投資にいち早く動き、2010年にギリシャが財政破綻の危機に陥った時も、すでに買い物件は絞ってあった。
次は日本の安値買いだ。
怖い近未来小説のような筋書きだが、「日本空売り王」カイル・バス氏は実在する。米国の金融業界だけでなく政治家の間でも彼の名前が知られるようになったのは住宅バブルを予測し大儲けしてからだ。
金融危機の原因調査に躍起になる米議員たちに招かれ、非公開の場で証言するなど、彼の意見に耳を傾ける政治家は少なくない。2005年にファンド運営会社を立ち上げ、サブプライム住宅ローン抵当証券を空売りし、1億1000万ドルの初期投資を7億ドルに増やした。
メディアへの露出度は低いが、米経済テレビ番組CNBCテレビのインタビュー画像で見る彼の印象は「シャープ」。豊富なデータを頭に、クールで明晰な語り口で世界規模での財政問題と日本の財政破綻の可能性を分析する。
「まるで世界の終わりを予測しているようだが」とのキャスターのコメントに「世界の終わりではない。誰かが損失を被るだけだ」と切り返す。
バス氏が震災・原発事故後に「日本空売り」への自信を深めたであろうことは想像に難くない。投資総額は明らかではないが、米メディア報道によると、昨年7月に立ち上げたといわれるヘッジファンド「ジャパン・マクロ・オポチュニティーズ・マスター・ファンド」は、最低投資額25万ドルで投資家を募り1億100万ドルを集め、今春に投資家募集を締め切ったばかりだ。
このファンドは日本国債5年物、10年物、30年物の価格低下(利回りの上昇)と円安に賭ける。具体的な投資手法は謎だが、住宅バブル崩壊の際に大きく儲けたようにデリバティブ(金融派生商品)で数十倍のリバレッジを効かせた投資だろう。
同氏は2010年ごろにも、日本の国債利回りが3%程度に上がれば大きな利益が出るという証券を600万ドルで購入したという。個人資産も円安に賭けておりテキサスにある自宅を購入した際に、住宅ローンをドルではなく円建てで組んでいる。
バス氏の日本デフォルト説とは何か。ここに今年2月14日付で同氏が投資家に送ったレターがある。簡単にいえば、日本国民の高齢化によって、公的年金などを通じて国民が支えてきた国家の資金調達構造が崩れる、というものだ。
日本の国債の94%は日本国内で保有されており、外国人の保有は6%にすぎない。米国の国債の6割近くが海外保有者なのに比べ、海外依存度は低い。1%余りという超低金利、金融商品としての魅力が乏しい国債にもかかわらず、自前の資金調達ができる背景には国民の1400兆円余の預金だ。
この豊富な資金プールが公的年金などを通じて国債市場を支える。
ところが、1980年代前半に20%近かった国民の家計の貯蓄率は少子化で労働人口が減るにつれ右肩下がり、限りなくゼロに近付いている。
バス氏は今後数年間で貯蓄率はマイナスに落ち込み、構造的な財政赤字拡大と国民の預金減が「自前の資金調達」を不可能にして、今後2~3年以内に破綻すると予測する。
「日本の有毒国債による危機は、世界が経験したなかで最大規模になる可能性が非常に高い」(バス氏)
※SAPIO 2011年6月29日号