「書店は商売で、食べていくための手段だけど、書店だからこそ何ができるかって真剣に考えました」――こう震災直後のことを振り返るのは、宮城県仙台市青葉区にある塩川書店五橋店の社長・塩川祐一さん(48)だ。同店は海岸から10kmほどにあるため、幸いにして津波の被害は受けなかった。しかし、書棚の本は散乱。塩川さんの自宅は無事だったが、電気などのライフラインは止まり、食料の確保に苦労した。
震災翌日、買い出しでスーパーに5時間近く並んでいると、近所に住む幼稚園児を連れた30代前半の母親から「お店はどうするの?」と声をかけられた。塩川さんが「こんな状態だから、いつになるか…」と答えると、その母親はつぶやいた。
「津波や地震の映像が流れると子供が震えて怖がり、テレビを見ることができません。こんなときだから、子供の大好きな絵本や、ドラえもん、コナンくんが出てくるマンガを読ませてあげたいんですが…」
この言葉に心を動かされた塩川さんは休業することを見合わせ、娘とすぐに開店準備を始めた。3月14日に再び店を開けると、あの母親がすぐ絵本を買いに来た。
「しかし、週刊誌やコミック誌の流通はストップしていて、お客さんの期待に応えられませんでした。『週刊少年ジャンプ』を買いに来た20代前半の男性が、最新号が手に入れられないとわかって残念そうに帰っていきました」(塩川さん)
数日後、その男性がジャンプを手にやってきてこういった。
「どうしても読みたかったので山形まで行って買いました。ぼくはもう読んだので、よかったらみなさんに読ませてください」
週刊のコミック誌は続けて読まないとストーリーがわからなくなる。同じような思いの子供も多いだろうと思った塩川さんはありがたく受け取り、店頭に「少年ジャンプ読めます!! 一冊だけあります」という手作りのポスターを掲げた。
マンガに飢えた子供たちへの“アピール度”は強力だった。口コミで知った少年たちが列をなして順番を待ち、次の人のために急いで読んだ。自転車に子供を乗せて2時間かけて来店した母親もいた。くたびれてボロボロになったコミック誌を子供たちは何度も何度も読み返した。
「子供が『好きなマンガを読めてうれしい』『おじさん、ありがとう』と口々にお礼をいって帰る日が何日も続きました」(塩川さん)
その光景を見た小学生が、今度は山形で買った『コロコロコミック』最新号を持ってきた。
「ジャンプと同じようにみんなで読んでください」
コロコロはジャンプよりさらに読者の年齢層が低い。母親に連れられて来た小学校低学年の子供たちが、3~4人で仲良くマンガをのぞきこんでページを手繰った。震災で傷を負った幼い心がマンガを読み、笑うことで癒されていく。その姿を母親たちはうれしそうに見守った。塩川書店での回し読みはメディアを通じて広く知られるようになり、全国から郵便でマンガや雑誌が届くようになった。
※女性セブン2011年7月7日号