東日本大震災では多くの職業の人々が大きな痛手を負った。もちろん書店もそのひとつだ。釜石市内に2店舗あった及新書店は、本店が津波で壊滅状態になった。パソコンや電話などの備品を失い、営業に欠かせない車も4台すべて流された。
それ以上に深刻だったのは、尊い人命を失ったことだ。店長の谷澤賢一さん(45才)は創業者の父・辰三郎さんを津波で失った。谷澤さんの妻は両親を、従業員の女性は夫を亡くした。悲しみと混乱のなか、時間だけが過ぎていった。
震災から10日ほどたったある日、ようやく復旧した谷澤さんの携帯に着信があった。「本屋の村」というパソコンの書店業務用ソフトを通じて知り合った滋賀県の書店員からだった。
「こちらの状況を説明したら、『すぐパソコンとプリンターを送るから』といわれました。それまで仕事のことを考えられなかったけど、そのとき改めて自分は書店員だと気づかされました。次のことを考えようと切り替えられた」(谷澤さん)
書店仲間からの温かい支援が「やらなきゃいけない」という後押しになり、残されたショッピングモール内の店舗で3月下旬から営業を再開した。再開後も書店仲間の支援は途切れなかった。
「同業者は足りないものがすぐわかるんです。雑誌を入れる紙袋が足りないとすぐにメーリングリストで広まり、全国から送ってもらえた。物資だけでなく義援金までいただいて、本当に助かりました」(谷澤さん)
書店仲間たちが見せた“底力”が及新書店の再興を可能にしていった。4月中旬には、奈良県の書店員が「この車を使ってください」とワンボックスカーで釜石を訪れた。その車をいまも大事に使う谷澤さんが、書店員の“連帯”と“使命”についていう。
「ぼくを助けてくれたのは、いわゆる町の本屋さん仲間。同じ意識でやっているので、『他人事ではない』と思ったのでしょう。かなり勇気づけられました。釜石もどんどん書店がなくなっています。そのなかで歯を食いしばって地域に必要な書店になろうとしていたのが親父です。その遺志を継ぎ、ぼくもお客さんのニーズに応える本屋の再興を目指そうと思います」(谷澤さん)
震災に見舞われていまだ営業できない書店もある。その思いまで受け継いで谷澤さんは走り続ける。
※女性セブン2011年7月7日号