文庫本『銀の匙』を3年かけて読み込む。ただそれだけで公立のすべり止め校にすぎなかった灘校を「東大合格日本一」に導いた伝説の教師が、橋本武先生(98)である。6月18日、同校名物の“土曜講座”に橋本先生が登場。「奇跡の教室」が復活した。抽選で権利を得た灘中の2~3年生が受けた授業を再現する。
* * *
「遊ぶと学ぶ、これを一緒にすると遊学という言葉になります。意味分かりますか?」
だれも答えられない。
「今は使わない言葉だけど、留学と同じ意味。遊という字には、故郷を離れて他の土地へ行くという意味がある。昔は努力や覚悟を有したことだったけど、今は苦しみではなく、楽しみになっている」
黒板には、士の字が加えられる。
「遊士。これの意味分かりますか。これは旅人と同じ意味です。士は人を表わします。では、士の代わりに人にすると」
人の字の脇に、ジンとカナが振られる。
「遊人(ユウジン)は、今で言えば、ピクニックに行く人のこと。ではこの人をニンと読んだらどうなる。アソビニン。就職しようとしないで、ぶらぶら遊んでいる人という意味で、ユウジンとは、すごく意味が違います。ではヒトを、ビトと読ませる言葉には、どんなものがあるか」
一人の生徒が答える。
「尋ね人」
「そうです。尋ね人、旅人、恋人。では、ウドと読ませたら」
さっと何本も手が上がる。国語の授業のはずが、すっかり言葉遊びだ。
「仲人」
「よろしい。ほかにも、狩人があります。これをットと読ませたら」
「盗人!」
教室に、活気が生まれてくる。
「はい、よろしい。一文字で人を意味する言葉は他にもあります。たとえば、私のことを何というか」
黒板には「師」と書かれ、シとカナが振られる。
「教師、医師。教師のことは教育者とも言う。者(シャ)も人を意味する。医者。この者をモノと読ませると、よくない人間になる。悪者、くせ者、偽者」
「ならず者!」「愚か者!」
さらに、「手」が加わる。
「手(シュ)がどんなときに使われるか。運転手。それから、野球にはたくさんある。投げるのは投手。受けるのは捕手。この手をテと読むと、百人一首の読み手とか、仕事のできる人……」
「やり手!」
「よろしい。同じように人を意味する言葉でも、これだけある。言葉の豊かさがわかる」
一呼吸置いて、橋本先生は言った。「こういうのが、横道に逸れる、銀の匙の授業のやり方の見本です」
学ぶはずが、遊んでいた。生徒たちがそう気付くと、教室の雰囲気が一変した。明治生まれのおじいちゃんと平成生まれの子どもたちとの言葉遊びこそが、伝説の授業だったのだ。
※週刊ポスト2011年7月8日号