プロ野球という最高峰から高校野球の世界に舞い戻った男たちがいる。野球部監督として球児たちを指導する第二の人生を歩き始めた彼らは、どんな指導法で甲子園を目指しているのか――。以下は、スポーツジャーナリスト・古内義明氏が、山口県・早鞆高校の大越基監督(40・元ダイエー)を取材した。
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「元プロが監督になったからといって、すぐに甲子園に行けるわけがないですよ」
1989年夏の甲子園で仙台育英のエースとして準優勝し、ドラフト1位でダイエー(現ソフトバンク)に入団。現在は山口県の早鞆高校野球部監督を務める大越基はそう語る。
「ちょっと頑張れば甲子園に出られるかなという感覚で始めましたが、それは大間違いでした。現実は厳しい。自分が高校生の時はそんなに難しいことではなかったのに、なんで監督だと難しいのか(笑い)」
監督が重視したのは、野球に対する心構えだ。
「いくら技術を教えても、子供たちは“やっています”というだけで全然形になっていない。それは意識が低いからなんです」
校舎から練習場まではバスで移動するのだが、女子生徒がいると窓から顔を出す部員ばかり。部室にはカビた弁当が置きっぱなしで、マンガ本が散乱していた。
「いくら僕が元プロ選手だからといって、子供たちがきちんと聞く姿勢を持たないと、何をいっても頭には入っていかない。この有り様で甲子園とか全国制覇とか、口にするなと注意しました」
ドラフト1位とはいえ、大越は日本球界から米マイナーリーグまで渡り歩いた苦労人だ。だからこそ、野球の面白さと怖さを知っている。
「プロも才能だけでやっているわけではなく、練習や私生活で努力しているからこそ活躍している。例えば、ソフトバンクで同期の小久保(裕紀)選手とかね。甲子園出場や、プロ野球選手になりたい夢があるなら努力しかない。それをわかってほしい」
※週刊ポスト2011年7月15日号