イスラエルを取り巻く環境が激変している。だが、同国のネタニヤフ首相はこの変化をずっと前に予見していたとジャーナリストの落合信彦氏は指摘する。
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イスラエルの歴史は、国家の生存のための最善手が重ねられていくプロセスそのものだ。そして今、オバマ大統領と対峙するイスラエル首相・ネタニヤフも、その系譜に名を連ねる者として相応しい人物なのである。端的に言えば、市民オーガナイザーの域を出ないオバマが互角に渡り合うことなど到底叶わない男だ。
ネタニヤフはイスラエルに生まれ、アメリカのフィラデルフィアで高校生活を送った。その後、兵役で母国へと戻ると、世界最強の特殊部隊と称される「サェレト・マトカル」に所属し、チームのキャプテンを務めた。MITとハーバードの学位を持つ切れ者であると同時に、軍隊でもエリートとしての経歴を持つ。1991年の湾岸戦争では政府のスポークスマンを務め、「戦争」というものもよく知っている。
イスラエルを取り巻く状況は、今年に入ってから急激に変化している。チュニジアに端を発した“民主化”のドミノによって、1979年にイスラエルと平和条約を結んだエジプトのサダト大統領の後継者、ムバラクは大統領の座から引きずり降ろされた。
アラブの親米国家が倒れたのだから、当然、安全保障の戦略を根底から考え直さなければならないことになる。エジプトは軍の暫定統治の中で政情が不安定になりつつあり、これから生まれるのは新たな軍事政権かもしれない。その政権が国民の人気を得るために最も手っ取り早いのは「反イスラエル」を掲げることである。
エジプト国内では、元大統領・ナセルの人気が高まっている。「汎アラブ主義」を掲げ、6日戦争でイスラエルと対峙した男が民衆から持ち上げられていることはイスラエルからすれば不気味と言うほかないだろう。
私はこれまでも何度か指摘してきたが、この先で中東を待ち受けるのは「巨大な混沌」である。
そんな時に「笑顔ときれい事」ばかりのアメリカの大統領に付き合っていることなどできないそれがネタニヤフの本音だろう。
約20年前、初めてのインタビューでネタニヤフはこう喝破している。
「世界が今アラブ諸国で行なわれている独裁政治を許し、残忍な行為を見過ごせば、それは間違いにつながる。石油の供給を安定化させるためにそれが必要と思ったらダメなのだ。今、世界が訴えかけなければならないのは、自由、民主主義、人間としての権利を中東のすべての人に与えるということなのだ」
まさに2011年の中東の混乱が見えていたかのような言葉である。
世界はこの言葉を無視した。だからこそ、ネタニヤフはオバマの希望的観測を全く信じていない。
政治家の使命は、国民の安全と財産を守ることにある。これは全ての国家に通じることだ。常に瀬戸際に立たされるイスラエルという国のリーダーは、その責務を果たそうと必死になる。しかし、そういった気骨を見せる政治家は、復興に向けて内輪もめばかり続ける日本にも、出口の見えない不況に喘ぐアメリカにも、残念ながらいない。
※SAPIO 2011年7月20日号