広瀬和生氏は1960年生まれ、東京大学工学部卒。音楽誌『BURRN!』編集長。30年来の落語ファンで、年間350回以上の落語会、1500席以上の高座に接する。その広瀬氏が「毒に満ちた新作派」と評する落語家が、春風亭百栄である。
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マッシュルームカットがトレードマークの春風亭百栄。高座に出てくるなり「おとめ座生まれの母乳育ち」などと自己紹介するこの怪しい若手真打は、「モモエ」という可愛い名前とは裏腹な「曲者」だ。
真打昇進が2008年だから「若手」と呼ばれるが、実際の年齢は48歳。1962年生まれの百栄は、高校卒業後アメリカで放浪生活を送り、永住権も取得したものの、30歳過ぎてから落語家を志して帰国、1995年に春風亭栄枝に弟子入りした。栄枝とはロサンゼルスで知り合ったという。
百栄は古典と新作の両刀遣いだが、古典ではあまり冒険をしないのに比べ、新作は実にエキセントリック。二ツ目の「春風亭栄助」時代から、彼は専らその独特の「毒に満ちた新作落語」で注目された。その意味では「新作派」といえるだろう。
百栄は「現代のお笑い」全般を視野に入れ、その中で落語を相対化して捉えることの出来る噺家である。だからこそ、「コントのような新作」で爆笑を取れる。その一方で、落語ファン歴が長く、古典の世界に完全に馴染んでいるのも百栄の強みである。
『マザコン調べ』は社長夫人が自分の息子を振った娘の自宅に押しかけて「どうせ貞操観念も無い尻軽女なんだから息子のオモチャになりなさい」と一方的に告げる新作落語だが、これは古典落語『大工調べ』のパロディ。
元ネタをイジる面白さに特化した百栄のアプローチは、論理で噺を再構築して正解を求める立川談笑や、奇想天外なホラ噺を展開する三遊亭白鳥らの「改作」とは根本的に異なる。「落語ファン」の目線を持つ百栄ならではの発想だ。
このセンスを新作だけでなく、古典に活かしたら、百栄は大きく飛躍する。そして彼は、きっとそれを成し遂げるだろう。百栄の「毒に満ちた古典」を早く聴きたい。
※週刊ポスト2011年7月15日号