ドイツで開かれたサッカー女子ワールドカップで見事頂点に立ったなでしこジャパン。
チームの大黒柱として、大会MVPと得点王に輝く大活躍を見せた澤穂希は、W杯前に本誌取材にこう語っていた。
「男子より世界一に近いのは間違いないんです。絶対にメダルを取って帰ってきます」
その言葉は現実となった。しかも最も美しい色のメダルで――。
そんな彼女は大会前、引退危機に追い込まれていた。2011年早々、所属していたなでしこリーグの「日テレ・ベレーザ」をリストラされていたのだ。
理由はチームの財政難だった。昨年6月、母体となる「東京ヴェルディ1969」が経営破綻し、ベレーザは選手とのプロ契約が困難となった。そのため澤、大野忍、近賀ゆかりら日本代表メンバーは揃って移籍を余儀なくされる。
結局、「INAC神戸レオネッサ」に入団することで落ち着いたが、W杯を控えた正念場ともいえる年の早々に、澤は「プロサッカー選手」の職を剥奪される危機に瀕していたのだ。
女子サッカーでは選手が昼間にアルバイトで生活費を稼ぎ、夜にようやく練習というのが一般的だ。澤も「ベレーザ時代は昼に練習した記憶がない」と語っている。
だが神戸は、文弘宣・会長の「選手が練習に専念できる環境を」という方針で、練習環境が整えられていた。
「プロ契約を交わしているのは澤や大野など数名ですが、他の選手はグループ企業で雇用(社業免除)することで、選手全員にプロと同様の環境を与えています」(文会長)
女子サッカーは練習場所があるだけで「恵まれた環境」とされる。澤は文会長との“縁”により、日本代表としての技術レベルとテンションを維持できたのだ。
「W杯でメダルを獲得して、神戸に恩返しするしかないと思っています」
大会前のこの言葉を、見事実行してみせた澤。もし澤がリストラされたままだったら、日本の世界一はなかったに違いない。
※週刊ポスト2011年8月5日号