原発事故に端を発する電力不安は製造業にとって致命的リスクだ。これでは耐え難きを耐えてきた企業が「日本脱出」を始めたのも当然である。
三井金属鉱業はこの6月、主力製品であるスマートフォン用材料の製造ラインをマレーシア工場に新設することを決めた。同社は計画停電で上尾事業所(埼玉)の生産が1か月間停止し、業界に大きな打撃を与えてしまった。
同社広報室は、「当社の電解銅箔はスマートフォン向けの90%以上のシェアを持っています。24時間操業なので2時間の輪番停電でも重大な影響がある。社会的責任を重く受け止め、海外でも生産できる体制を取ることにした」と説明する。
レンズメーカー大手のHOYAは、中国・山東省に工業用ガラス工場を新設し、12月から稼働させる。ガラス原料を溶かす過程で安定した電力供給が欠かせないからだ。「震災による電力不安が決断の背を押した」(広報室)という。
安定した電力が不可欠な半導体産業では、日本最大のルネサスエレクトロニクスが台湾、シンガポール企業に委託生産する方針を打ち出し、中堅自動車部品メーカーのユーシンは中国に拠点を移し、「日本での部品生産はゼロになる」(田辺耕二・社長)としている。
菅政権は東電管内に続き、関西電力管内の企業にも10%節電を要請した。精密モーターなど電子・工学部品の世界的企業・日本電産(本社・京都)は、「電気が止まれば信頼性試験ができない。実験設備などを海外に移転する」(永守重信・社長)と危機感を強める。
コストの問題も大きい。日本の電気料金はもともと高いうえ、この5か月間、連続で値上げされた。三菱化学は売上高(約1兆円)に占める電力コストが3~4%だったが、今期は5%を見込む。ざっと年間100億円以上のコスト増であり、営業利益(2011年3月期で287億円)の3分の1が吹き飛ぶ計算だ。
電力料金はこの先、さらに急騰する。日本エネルギー経済研究所の分析によると、現在点検休止中の原発を火力発電で補う場合、「産業用電気料金は前年比36%上昇」する。さらに菅首相が「退陣3条件」にあげている自然エネルギー買い取り法案が成立すれば、風力や太陽光発電などのコストが電気料金に転嫁されることから、経済界は原発停止と合わせて「電気料金は70%上昇」(日本鉄鋼連盟)と予測している。
国内では滅びる業界も出る。電力が製造コストの4割を占める日本ソーダ工業会(25社30工場。生産額3600億円)は、「電気代が1円上がると38億円の負担増になる。このままでは国内工場は1つも残らない」(総務部)と、今や“絶滅危惧産業”である。
※週刊ポスト2011年8月5日号