第145回直木賞を受賞した池井戸潤氏の『下町ロケット』(小学館刊)。
直木賞選考委員の伊集院静氏は『下町ロケット』を「震災後、落ち込んでいる中小企業の人々を救済するような作品だ」と評したが、著者の池井戸潤氏は実は、長引く不況や内外との熾烈な価格競争に晒され、たとえ技術力があっても小が大に呑まれかねない中小企業の現実を、半ば当事者として見てきた人物でもある。
慶應義塾大学文学部及び法学部を卒業後、三菱銀行(当時)に入行。企業融資に携わり、1995年独立、経営コンサルタントとして活動する傍ら、数々のビジネス書も手がけてきた。
ある精密メーカーの社外役員も務める財務のプロの著者は、「状況は厳しくとも、モノ作りの会社がモノを作らなくなったら未来はない」と、本書刊行当時、生き残りをかけた企業戦略の観点からも明言していた。
「技術というのは、本来モノを作り続ける中でしか生まれない。それこそ特許で儲けるためだけに技術を開発しようとしても、所詮無理なんです。その点日本のモノ作りの現場が、実は震災以前から痩せつつあることは深刻な問題で、このままでは価格ばかりか技術的競争力すら失いかねない」(池井戸氏)
技術大国・日本の足許を具体的に見つめる池井戸氏の企業小説は、だからこそ多くのビジネスマンの共感を呼び、2006年の『空飛ぶタイヤ』(自動車業界)や2009年の『鉄の骨』(建設業界)など、エンターテインメント小説としての面白みや痛快さの中にも比類なきリアリティや説得力を持つのだろう。
そんな著者の信念の結晶ともいえる受賞作には震災後苦境を強いられる中小企業関係者はもちろん、全ての日本人に勇気を与えてくれる言葉が溢れている。
※週刊ポスト2011年8月5日号