近年、「生物多様性」というキーワードをよく耳にする。いわく、「生物の種類が年々減っている」「絶滅危惧種を守らなければいけない」……至極ごもっともに思えるこれらの主張。だが、果たしてそれは本当か? 話題の新刊『生物多様性のウソ』(小学館101新書)を著わした武田邦彦氏が、そこに潜む偽善と欺瞞を喝破する。
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トラが絶滅に瀕しています。100年ほど前には世界中でトラの数は10万頭と推定されていましたが、今では多くても5000頭まで減ったとされています。
インドネシア、スマトラ島のスマトラトラも40年前まで約1000頭が生息していましたが、今は数百頭に減りました。大型ほ乳動物のトラは、エサを取るために1頭で約100平方kmの土地が必要といわれます。人間も大型動物の一種といえ、スマトラ島に人が増えれば、必然的にトラは住む場所を失うのです。
スマトラトラが激減した理由はそれだけではありません。日本では「日本の森林を守ろう」と唱えられ、紙の原料を外国の森林に求めたため、紙の自給率は100%から10%まで下がりました。穀物自給率も以前は70%以上でしたが、今は40%まで下がっています。一方、インドネシアは先進国への輸出で経済発展を遂げました。スマトラ島でも森林を伐採して紙の原料にし、農園の建設も進み、人口が増えています。
つまり、先進国は自国の環境を守るために発展途上国の森林を破壊し、発展途上国も経済発展を優先してきたことが原因です。
このような状況で、日本人がスマトラ島に行き、スマトラトラの写真を撮り、メディアで「絶滅を防ごう」と訴えたとします。これはインドネシアに対して「経済発展を止めて、貧乏なままでいろ」と言っているのも同然で、何か釈然としないものを感じます。工業化を進めて先進国の仲間入りを果たした国が、国内の森林を保護して、食糧を輸入に依存しながら、発展途上国に対して経済発展するなという行為は“マッチポンプ”と呼ぶのではないでしょうか。