帰国2日後、「W杯は終わった話」と語ったMF宮間あや選手。これまでW杯やオリンピックでアスリートたちが流してきた大粒の涙を、なでしこたちは見せなかった。なぜ彼女たちは泣かないのか? 以下は、作家で五感生活研究所の山下柚実氏の視点である。
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出国時は見送るサポーターなんてほとんどいなかったのに、帰国後は国をあげての大祝福。天国と地獄ぐらいの落差です。
なでしこを巡る大フィーバーに、選手たちも浮かれるのかと思いきや、実に淡々とした笑顔。多くの国民が涙を流して感激していたのとは対照的。
「なでしこの選手たちはぜんぜん泣かないんですね」と、テレビのコメンテーターもびっくり。優勝以上に、その姿に驚きを感じた人も多いのでは。
これまで、W杯やオリンピックなどの世界大会で優勝したアスリートたちが、過酷な努力と苦労を振り返って大粒の涙を流すシーンを、私たちはたびたび目にしてきました。 しかし、なでしこは違いました。
冷静さは、こんなコメントにも表われています。
帰国2 日後、「W杯は終わった話」と語ったMF宮間あや選手。「湯郷で日本一を目指す」「フィーバーはすぐ終わる。ただのフィーバーで終わらせないためにはピッチで表現し続けることが大事」。
宮間選手と言えば、優勝の立役者と言えるほど大活躍した人。決勝戦、アウトサイドで蹴り込んだ同点ゴールや、延長戦後半で澤選手への絶妙なアシスト。
ほれぼれするようなプレーで私たちを魅了しましたが、本人は美酒に酔うことなどなかったかのようです。
「泣くことも一種の快楽である」と言ったのはフランスの哲学者・モンテーニュですが、いったい人はどんな時に泣くのでしょう。
特に、人はなぜ、嬉しい時に泣くのでしょうか?
嬉し涙とは、それまでの過程で積もり積もった我慢、苦労、辛苦、心理的な負担や不安感から解放されたサイン。いわば浄化作用と言われています。
だとすれば、なでしこが泣かない理由は、明らかです。
今はまだプロセスの途上だから。
過去に浸っていないから。
未来に明確な目標があるから。
つまり、「前だけを見ている」からです。
ロンドンオリンピック、なでしこリーグ、日本女子サッカーの未来。そうした「具体的な課題」を見据え、乗り越える方法を必死に考えている。だから、過去の苦労を思って感情に埋没する時間など無いのです。
唯一、あの澤穂希選手が涙ぐんだシーンがありました。
7 月24 日に放送された「やべっちFC」(テレビ朝日)の中で、元なでしこジャパン、つまり彼女たちの先輩である加藤興恵、池田浩美、大竹七未が、なでしこの選手たちに心からメッセージを送ったシーン。
「女子サッカーの歴史を変えてくれて本当にありがとう」。
先輩からのメッセージを聞いた澤選手は、「涙が出そうです」とうつむいたのでした。「過去の辛苦」を振り返った時は、いくら強いなでしこたちだって涙ぐむ。まさしくその証拠です。
これまで、美しい涙はたくさん見てきました。
でも、前だけ見つめてひた走る姿、涙を流さない彼女たちの姿は、美しい涙を超えた「気高さ」すら感じます。その勇姿にシンパシーを感じる人たちは、今後ますます増え続けるのではないでしょうか。