【書評】『本土の人間は知らないが、沖縄の人はみんな知っていること 沖縄・米軍基地観光ガイド』(須田慎太郎写真・矢部宏治文・前泊博盛監修/書籍情報社/1365円)
【評者】香山リカ(精神科医)
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あくまで訪問者としてとらえた「静かなガイド」だ。
なんといっても写真が美しい。ページをめくるたびに現れる青い海、白いビーチ、広大な芝生と整備された道路、小型の飛行機。海外の旅行ガイドなのだろうか。しかし、これはすべて外国やリゾート地ではなく、日本の沖縄の米軍基地の写真だと言われて息をのむ。
沖縄本島を占める米軍基地の面積は、18.4%にも上る。海兵隊基地が多くを占めるが、巨大な嘉手納空軍基地や通信基地や弾薬庫など、周辺の島も含めると関連施設はおよそ30にもなる。
それをすべて訪ね歩き、周辺のスポットも含めてできる限りを写真に撮って、地図などの基本データを載せる。その繰り返しがひたすら続く。内部に潜入することはなく、すべてはゲートのはるか手前やフェンス越し、あるいは高台からの写真である。重要な建物も軍の人間も機密事項も、何も写っていない。途中、観光スポット案内や基礎知識を記した文章も挿まれているが、基本的には静寂さえ漂ってくるような「基地ガイドブック」なのだ。
いったいなぜ、こんな本を作ろうと思ったのか。著者は言う。熱狂のうちに政権交代が実現し、沖縄基地問題などで迷走してあっという間に鳩山内閣は終わった頃、「沖縄の基地を見てみようか」と思いついたからだ、と。しかし著者には、予備知識も人脈もまったくない。カメラマンを頼み、基地のホームページから資料を引き出しながら、ただただ自力で沖縄を回り、写真を撮って近くの住民たちに話を聞いた。その結果がこの「静かなガイド」ということだ。
沖縄にも基地にも深く入り込むことなく、あくまで訪問者としてとらえると、米軍基地とはこう見えるものなのか。何も準備がなくてもここまでは行けるのか。心を無にしてページを繰っていると、いろいろな考えが浮かんでくる。そして、素朴にして究極の疑問につき当たる。なぜ、沖縄だけがこんなことになっているのか……。
大震災に揺れた日本だが、もう一度、心をまっさらにして基地問題を考えてみたい。そのためにうってつけの一冊だと思う。
※週刊ポスト2011年8月12日号