いよいよ夏の甲子園が始まる。『甲子園へ行こう!』『ドラゴン桜』の人気漫画家・三田紀房氏が“甲子園を100倍楽しむ観戦術”を伝授する。
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私は甲子園に行くと、バックネット裏から球場全体を俯瞰するように眺めています。特に夏の甲子園というのは、選手のプレーだけを楽しむものではない。
耳に心地よいブラスバンドの演奏、各県によって多種多様な応援風景、一つひとつのプレーに一喜一憂する観衆の反応……甲子園は総合舞台芸術として楽しむべきものだと私は思っています。
それが極まったのが2007年夏の佐賀北(佐賀)対広陵(広島)の決勝戦。広陵が4-0とリードして迎えた8回裏、佐賀北が1点を返すと球場全体が同校ナインの背中を押すような空気に包まれました。
懸命に追いすがる九州の公立校に対し、広島の伝統校は完全にヒール役となってしまった。
会場の声援、そして球審の佐賀北への甘いジャッジも相まって、広陵投手の野村祐輔くん(現明治大4年)は制球を乱して満塁のピンチを招く。そして佐賀北の副島浩史くん(現福岡大4年)の逆転満塁ホームランが生まれたのです。
「甲子園の魔物」が広陵ナインを飲み込んでいく──そのさまが実際にビジュアルとして眼前に広がっていました。
なぜ、甲子園には球場が一体となったような判官贔屓が生まれるのでしょう。その理由は、甲子園に足を運ぶファンの気質にあると思います。
あんな暑い中でも甲子園を埋め尽くすファンというのは、誤解を恐れずに言えば、関西在住の一般庶民が圧倒的に多く、「大金持ち」はいません。
だからこそファンは弱者が強者を打ち負かしていくプロセスに、快感を覚えるのです。都会の強豪校を田舎の高校がうっちゃるドラマに、自分の人生を投影するのでしょう。
甲子園に棲む魔物の正体というのは、まさしく球児を取り囲んでいる5万人の大観衆なのです。そして深紅の大優勝旗を手にする高校というのは、そういう甲子園特有の雰囲気に乗っかれるチームです。
【プロフィール】
みた・のりふさ/1958年、岩手県生まれ。明治大学政治経済学部卒業後、一般企業勤務を経て漫画家に。主な作品に高校野球のリアリズムを追求した『クロカン』『甲子園へ行こう!』、東大受験を題材にして社会現象となった『ドラゴン桜』など。現在、週刊ヤングマガジンで、埼玉県の公立校が甲子園を目指し奮闘する球児を描いた『砂の栄冠』を連載中。
※週刊ポスト2011年8月12日号