中国の鉄道事故に対する日本の報道はステロタイプではないのか。それでは正しく中国を理解することは出来ず、むしろ有害である。ジャーナリストの富坂聰氏は、そう警鐘を鳴らす。
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中国が「世界一」と謳った高速新幹線で衝突事件が起きた。日本ではこのニュースに多くの人が溜飲を下げた。中国が日本から導入した技術にちょっと手を加えただけで――鉄道部の技術系幹部は地元紙のインタビューで「ほとんど独自技術はない」と話していたが――東北新幹線「はやて」にそっくりの車両を使い北京―上海の高速鉄道を開業させたことが日本人を刺激したからだろう。
だが、一連の報道を概括して目立つのが、日本の対中観の“古さ”である。それも二十年前から何も変わっていないステレオタイプの表現がまかり通っているのだから驚きだ。
まず日中の経済関係をゼロサムでとらえる見方だ。今回、多くの日本人が溜飲を下げたのは、中国の沈没が日本の浮上をイメージするからだが、これは一体いつの時代の話をしているのだろう?
中国は毎年三兆円規模で日本から部品などを輸入する大切なお客さんだ。しかもその実態は、日本から中国に製造拠点を移した日本企業が部品などを輸入する「日―日貿易」や日本から輸入した技術の高い部品や材料を中国で加工してアメリカやEU向けに出す「三角貿易」だ。構造的に見れば日本が中国を利用しているに過ぎない。
つまり現状のまま中国がおかしくなれば日本も大きなダメージを被ることが避けられない。この状況で中国の沈没を願うのは、反日デモの際に、90%以上が現地雇用でやはり陳列棚の90%以上の商品が国産のイトーヨーカ堂を襲撃した暴徒に似た愚かさだ。もう少し正しい日中関係が伝わらないものだろうか。
さらに高速鉄道事故の絵解きで度々見られた共産党への過大評価だ。中国共産党の力が巨大な中国ではすべてを共産党がコントロールしているとのロジックから、「(事故車両を埋めた)隠ぺいは共産党の意思」となるのだ。
だが、たかが一企業の不始末に党中央が真っ先に命令を出し処理を指示するだろうか。
また日本の原発事故の処理を見てもわかるように、政治家は専門家ではない――大方、事故が起きてからシーベルトと言う言葉を知った程度だ――ため事故処理は一義的には現場に委ねるより他ない。同じく党中央の官僚が鉄道技術に精通しているはずはない。
だが、共産党が何もかもお見通しと考える日本では、隠ぺいは共産党の指示となる。だから、再び掘り返し始めたときには、内紛が起きた政治闘争だとお決まりの都市伝説を振りまくのだが、それが何かの結果に結び付いたことがあるだろうか?
つい前年の尖閣問題では、「温家宝総理が孤立して大変なことになっている」と党中央の政争が声高に叫ばれたが、あの話はどうなったのか?
今回の件は、地方の一企業が事故を起こし、その企業と地方が自分たちが責任を問われないための事故処理をいつも通りにしただけのことで、それ以上でもそれ以下でもない。
だが、誤算はいつもなら十分泣き寝入りさせられた被害者たちが強くなっていて、容易に屈しなかったこととメディアがそれに追随したこと。さらにその力を共産党が無視できなくなっていたことだ。
党中央は、この事故で盛り上がった民意の台頭を変な形でこじれさせてしまうと、取り返しのつかない(ジャスミン革命のように)事態になりかねないと介入してきたのだ。
車両を埋めるまでと、掘り返した後の反応が正反対になったのは、党中央が出てきたことによる変化だ。
現在、死者39人と発表される高速鉄道事故だが、この前後にも事故は、死者41人を出したバス炎上事件(実は死者数はこっちの方が多い)など一ヵ月に5件も6件起きている。そして、そのいずれも事故の真相究明などと言う面倒くさい手続きなどなく、地方でひっそり処理されているのだ。日本では、これも政治闘争で説明できるのか?