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藤原正彦氏 「震災で日本人に『惻隠の情』が見られて感動」

 東日本大震災後、被災地で助け合う人々の姿に、どこか“懐かしさ”を憶えた人も多かったのではないだろうか。ベストセラー『日本人の誇り』(文春新書)の著者・藤原正彦お茶の水女子大学名誉教授は、それこそ「日本人らしさ」の原型だという。今回、自衛官たちが見せた献身ぶりは、もともと日本人のDNAに刻まれた伝統だというのである。

 * * *
 今回の震災と原発事故が起きた直後に、日本中が喪に服したかのような静けさに包まれました。その後、実に多くの日本人が被災者に同情し、なんとか自分たちも助けになれないかと考えた。自衛隊や警察・消防はもちろん、ボランティアや芸能人、スポーツ選手までもが全国から被災地に駆けつけ、たくさんの義援金が集まりました。

 その様を見て、私は改めて日本人の中に弱者への気遣いと思いやり一言で言えば「惻隠(そくいん)の情」というものが残っていたことに、感動を覚えました。それも、「まだあった」どころの騒ぎではない。今まで一体どこに隠れていたのかと思うぐらい、溢れるような同情心が、日本中を覆い尽くしました。これはもう、日本人のDNAに「惻隠」というものが染みついているとしか思えないほどでした。

 弱者に涙する惻隠の情というのは、「武士道精神」の中核をなすものです。日本人らしさの根本と言っていい。いくら社会が変わり、デフレ不況に苛まれ、阿呆な政治家ばかりになっても、多くの日本人の間に脈々と惻隠の情が受け継がれているそれが今回確認できたことは、私にとって“想定外”の喜びでした。

 それだけではありません。

 被災地の人々は、未曾有の苦難にも本当に粘り強く耐えています。不平不満を言う前に、まず自衛隊やボランティアに感謝の言葉を伝え、炊き出しにはきちんと行列を作り、暴動や略奪に走ることもない。だいたい、日本人は火事場泥棒というのを極端に嫌います。

 ただ泥棒するだけなら、それは窃盗ですが、火事場泥棒は窃盗に加えて弱者の弱みに付け込む卑怯な行為です。そんな卑怯な振る舞いを嫌悪するのもまた武士道精神に通じる日本人らしさの象徴です。そうした“品格ある東北人”たちに対して海外のメディアが感嘆の声を上げたことは、記憶に新しいところです。

※SAPIO2011年8月17日・24日号

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