「直木賞」受賞作『下町ロケット』はロケット作りに懸命に取り組む町工場のストーリーだ。そんな同作を生んだ、下町の夢と誇りとはどんなものなのか。〈小さな大企業〉のカネとモノづくりは、どのようにしてなされているのか。作家の山藤章一郎氏がリポートする。
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東京・大田区京浜島――運河に面した細長い公園のベンチで、かつてパイプ加工の工場を経営していたという男がこう語った。
「ここの京浜島の空からよ、なんでもいいから図面まけって。そしたら、削って、磨いて、形成して、メッキして、明日、その通りの製品できてくるって。こんなとこ他にあっかよ。俺もよ、その気持ちでな、やってたんだ」
男が呟いた話をロケットの先端部分のパーツを作る北嶋絞製作所の北嶋實社長に聞いてもらった。
「残念ながら、志を持ちながら敗れていった人も多くいます。しかしそれでもなお、大事なのはカネではなく、モノづくりなのです。目先の利益を追う経営者が増えています。彼らは中国へ、中国へと出て行く。
しかし、われわれが毎日勉強して積みかさねる技術はぜったいに中国に負けることはありません。技術さえあれば、時代に取り残されないのです」
それでもなお、カネや儲けが気にならないか。食いさがってみた。
すると氏は、かたわらの直径2.5メートルのパラボラアンテナを指し示しながら、「このアンテナ1枚の加工代は幾らだと思いますか。1万5000円です」。
※週刊ポスト2011年8月19・26日号