学校でも社会でも、弱い者いじめが蔓延する社会――「ふざけるな」、「弱いからって、なめるなよ!」と啖呵が切れたら、どんなに気持ちがいいだろう!……なんて一度でも思ったことがある人は、ぜひこの小説を読んでほしい。
第145回直木賞を受賞した池井戸潤さんの『下町ロケット』(小学館)は、中小企業で働く悲哀と挫折をたっぷり味わっているオヤジたちが奮闘する物語。草食男子やらなでしこ旋風やら、最近は“女のほうが強い”“男たちに元気がない”といわれがちだが、これは久々に男たちの生きざまがカッコいいと思える作品なのだ。
「物語の舞台となる東京・大田区は昔、“小さな部品からロケットまで”作れるという産業の集積地でした。世界をリードした日本の製造業も、大企業が賃金の安い新興国に製造工場を移して空洞化が進む一方です。だから、大田区の町工場がロケットを作って飛ばせたらおもしろいだろうな、と思いました」(池井戸さん)
しかし取材をしたところ、あっさり「いまはもう無理だね」といわれてしまう。
「がっくりしましたが、取材を続けていると『工場が重要な部品の特許を持っていて、大企業と組めば、ロケットを飛ばすことは可能かもしれない』といわれたんです」(池井戸さん)
主人公・佃航平はバツイチの中年オヤジ。親から継いだ工場を営みながら、現在は母親と娘と一緒に暮らしている。大企業の都合に振り回される日々のなか、追い打ちをかけるように会社の主力製品が大手企業の特許を侵害していると訴訟を起こされてしまう。
デビュー以来、銀行、ゼネコン、自動車業界などさまざまな業界の実態をリアルに描き、企業小説の旗手として名高い池井戸さんだが、
「案外、中小企業で働くオヤジたちの呼吸が聞こえるような小説はなかったと思うんです。だから本作では、どこにでもいるような普通の人たちが真剣に働く姿を忠実に描きたかった。企業小説、業界小説と大上段に振りかぶるのではなく、リアルな“お仕事小説”とでもいうのかな。
家にいるときのだらしないオヤジ姿しか知らない奥さまがたには、そんなオヤジたちが一生懸命何かに取り組んでいる姿を知ってほしい。彼らの世界を疑似体験してほしいですね」
※女性セブン2011年8月25日・9月1日号