米議会の債務上限引き上げを巡る混乱と米国債の格下げをきっかけに起きたドル安、株安、債券安。その後も急騰、急落を繰り返すジェットコースター相場は日本市場も呑み込んだ。円相場がドルに対して過去最高値付近まで高騰し、輸出関連銘柄を中心に株価が下落。7月26日に1万97円をつけた日経平均株価は、2週間後に8944円まで下がった。
財界は、「大震災とのダブルパンチで企業の時価総額が下がったので、海外企業に買収されかねない。固定費削減のために社員のリストラも検討する必要がある」(電機メーカー業界団体幹部)と戦々恐々だが、それは悲観的すぎる。
「円高は海外投資に追い風であることは間違いない。日本企業は考え方を変えて海外に進出すべきだ」
楽天の三木谷浩史・社長は急激な円高ユーロ安が進んでいた7月28日、ドイツのネット通販企業大手の買収を発表した席でこうぶち上げた。8月9日、日本有数の分析・計測機器メーカーである堀場製作所の堀場厚・会長も、円高は海外M&Aにメリットがあると述べ、米国で一大開発拠点を立ち上げる構想を明かしている。
実際、震災後の円高をチャンスと見て、一部では海外M&Aが活発化した。企業買収の助言会社「レコフ」の調査によれば、国内企業による今年1~7月の海外企業のM&A件数は前年同期と比べて約3割増、金額も1.5倍だという。
いま、日本企業の内部留保額は過去最高を更新し続けている。日銀の調査によると、企業の「現金・預金」は3月時点で約211兆円に達した。単純にドルに対して2割の円高が進んだとすれば、日の丸企業は労せずして約50兆円の海外M&Aのための“軍資金”を手にしたことになる。
米国がドル売りで儲ける謀略相場を世界中に仕掛け、世界同時株安で企業の時価総額が下がっている。円高では日本の貿易高が犠牲になっているわけだが、一方で潤沢な手元資金を持つ日本企業が、米国と世界を買い占める未曾有のチャンスを迎えていることも事実なのだ。
では、例えばどのような分野で“世界を買う”ことができるのか。
原発事故に見舞われた日本では、再生可能エネルギーの普及が国家的な急務になっている。これも、今回の円高や株価下落を追い風にできる。
太陽光発電で世界トップシェアの独「Qセルズ」と2位の米「ファーストソーラー」の2社を4年前(1ドル=130円)にM&Aをしようとすれば2兆円以上。しかし、いまならば1兆円程度で手に入る。ジェットコースター相場のなかで世界を驚かせたグーグルによるモトローラ・モビリティの買収劇も、金額にすれば1兆円足らずだ。
日本の経営者のしたたかな企業戦略さえあれば、米国の謀略相場を逆手に取ることが可能なのだ。
※週刊ポスト2011年9月2日号