【書評】『それでも「日本は死なない」これだけの理由 なぜ欧米にできないことができるのか』(増田悦佐/講談社/1575円)
【評者】森永卓郎(エコノミスト)
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読了後、すっかり考え込んでしまった。もちろん、それだけ本書の内容が刺激的だったからだ。
製造業を捨て、金融バブルにまみれ、いまだにそこから脱却できないアメリカ。財政破綻で債務不履行のリスクが高まるヨーロッパ。優等生と言われるドイツも、ユーロ安で輸出が好調なだけで、アイルランドかスペインが破綻したら、道連れになる。
腐敗の蔓延と格差拡大で空中分解しかねない中国。それらと比べて、資本財・中間財の圧倒的な競争力と海外投資の安定収益で、経常収支が絶対に赤字に転落しない日本経済は、大震災があっても絶対に倒れない。これが、本書の基本的な主張だ。
確かに、東日本大震災の影響で日本国債は値下がりしなかったし、為替はむしろ円高になった。震災の影響で、4月、5月と赤字転落した貿易収支も6月には黒字に戻った。もちろん、経常収支はずっと黒字のままだ。日本経済の体質が相当強いというのは、間違いのない事実で、やたらと危機を煽る経済評論家の言説と日本の経済実態は相当食い違っている。
本書のよいところは、そうした事実をきちんとデータを揃えて、しかもちょっと意外な視点から実証していることだ。例えば、中国の格差拡大を、消費者物価以上に上昇を続ける卸売物価という観点から説明する。日本の高度成長期は、消費者物価は上がったが、卸売物価は上がらなかった。つまり、日本では中小企業の多い小売分野の付加価値が拡大することで、格差が縮小したのだが、いまの中国はそれと逆のことをしていることになるのだ。
ただ、本書でどうしても気になるのは、著者が円高を肯定し、インフレを嫌っていることだ。確かに日本経済の円高耐久力が高いことは事実だが、急激な円高で生産が減少しているのも事実だ。また、デフレは長期間にわたって日本経済を低迷させている。
だから、著者の意見に全面的賛意を示すわけではないが、経済に対する新たな視点を得るという意味で、本書はとても貴重な存在だ。
※週刊ポスト2011年9月2日号