「少しくらい大げさでも、くさくてもいいから、若い人が手に取るような、人の生き死にの話を書かなくてはと思ったんです」。「遺品整理」という一見、特殊な職業に焦点を当てた自著『アントキノイノチ』(幻冬舎文庫)について、さだまさし(59)はそう話す。映画の撮影中には、東日本大震災が発生。被災地を訪れて、いままで以上に感じた「命の重み」について、穏やかな口調で語り始めた。
黒ずくめのハードな服装とはうらはらな、人なつっこい笑顔で登場した、さだ。インタビュー中の録音許可を求めると、身を乗り出し、録音機に口をつけて、「あーあー、どうぞ」。一気にその場の空気がなごんだ。
現在は、最新アルバム『SadaCity』の制作に続く、コンサートツアーの真っ最中だが、微塵も疲れを感じさせない。
そして、11月に公開される映画『アントキノイノチ』が、いまから話題を呼んでいる。榮倉奈々(23)、岡田将生(22)主演の青春の物語の中に、生と死というシリアスなテーマが込められている。
原作はさだの同名小説だ。執筆のきっかけは7人の死者を出した2008年6月の秋葉原無差別殺傷事件だったという。
「あの事件を機に、いまの若い人たちが置かれた状況に危機感を覚えました。そして、少しくらい大げさでも、くさくてもいいから、若い人が手に取るような、人の生き死にの話を書かなくてはと思ったんです」
犯人の青年は、携帯サイトの掲示板を心のよりどころとし、ひっきりなしに書き込みをするものの、相手にされなくなり、ときには誹謗にさらされ、次第に孤立感を深めていった。そして、殺人を予告する書き込みを行うようになり、ついにはそれを実行に移す。
そんな青年の心理を読み解き、さだはいう。
「報道で彼の供述を知り、憤りというよりも、いまの社会の暗部について考えてしまった。ごくふつうの青年が虚勢を張ったり、ちょっと見栄を張ったりするのを笑って受け止めてくれる人がそばにいなかったがために、彼は追い詰められて浅瀬に乗り上げてしまったんですね」
ネット上のバーチャルな世界に現実を奪われてしまったからだろう。
「でも、それは彼だけのことじゃない。ツイッターやブログで、追い詰められているヤツは世の中にたくさんいるでしょう。“見えない敵”ほど厄介なものはないんです。もっとも卑劣でもっとも許せないのは、こうしたネット上の“匿名の悪意”だと思います。
人間同士が正面から向かい合って殴り合う、いい争う、それで負けたとしても取り返しがつきます。ところが、得体の知れないものと闘って負けたときは取り返しがつかないんですよ」
※女性セブン2011年9月15日号