映画『アントキノイノチ』(11月19日公開)が、第35回モントリオール世界映画祭で革新的で質の高い作品に贈られるイノベーションアワードに輝いた。原作は、さだまさし(59)の同名小説。遺品整理業という特殊な職業を通して、“命の重み”を描いた物語だ。
歌手としてヒット曲を生み出すだけでなく、作家としてベストセラーを次々と世に送り出すさだ。そんな彼は、来年還暦を迎えたら引退して、カメラを持って春は桜前線を追いかけ、好きな本を読み、小説を書き、気ままな暮らしをしようと夢みていたという。
「でも、そんなのは思いあがりだと気がついた。自分の人生を自分で支配しようなんていうのは思いあがり以外のなにものでもない。だから、これからは“保身”です(笑い)」
さまざまなことに挑戦してきたさだに、保身などという言葉はもっとも似合わないが…。
「要するに、自分がいままで築き上げてきたさだまさしをどう守るか、そして、守るだけじゃなくて、そこに何を積み上げられるかが大切。1ミリでもいいから積み上げたいんですよ」
作家の倉本聰さんは、さだに「人間が垂直に進化できる時期は青春のほんの一時期であり、あとは、らせん状に積み上げていくものだ」と説いたという。
「これはいい言葉でしょう。だから、あるときは自分の嫌いな自分へ行って、また自分の好きな自分に戻ってきたときに、1ミリでも上に上がっていたら、勝ちだと思うことにして。らせん状で死ぬまで成長していこう、と。空回りも多いけどね(笑い)」
そして、いつか迎える死。
「きれいごとじゃなくて、ぼくはいつ死ぬかわからないという覚悟はできてるんですよ。だからといって、いまはやりの老前整理とか断捨離とかやる気はまったくない。むしろ、どんどんためたほうがいいと思っている。だって、それが自分の生きた証なんだから。で、あとはキーパーズ(編集部註:作品のモデルとなった遺品整理を専門とする実在の会社)だよ(笑い)。遺品整理の生前契約をしておけば、周囲の負担も軽くなる。そして、正体不明のままいなくなるのが夢ですね」
音楽も小説も写真も、さまざまなものと足跡を残して、「ほんとはこいつは何者だったんだ」と人をけむに巻こうとたくらんでいるとは、いかにもさだらしい。
※女性セブン2011年9月15日号