タイに新しい女性リーダー・インラック首相が誕生し、同国に注目が集まっている。そして、タイは世界でも有数の親日国で最近は日本企業の移転も進んでいる。忍耐強くて手先の器用な人材が豊富なこの東南アジアの親日国を、かつて「第二の東北地方」と呼んだ大前研一氏は、日本企業の海外移転先をタイに置くメリットをこう述べる。
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もともと私はタイを“第二の東北地方”と呼んだことがある。日本の産業は、人件費の上昇と労働力不足で京浜、中京、阪神工業地帯などから周辺の地方都市に出て行き、最終的には東北地方に立地した。
まだ東北地方では、中卒や工業高校卒の労働力を確保することができたからだ。しかし、いよいよ東北地方でも人件費が上がって人手も足りなくなり、競争力を失った会社の大半がタイに工場を移転したのである。
それほどタイは日本企業の海外生産基地に適した相性の良い国なのだ。その理由は、まず労働コストが安く、世界で最も親日的な国だということである。「世界の工場」と呼ばれた中国は政府から毎年15%ずつ給料を上げるよう通達が出て、今や月給5万~6万円になったが、タイはまだ2万~3万円である。
しかもタイ人は中国人と異なり、経営に対して協力的だ。中国人は上昇志向が強く、最近は不平不満があったらすぐに弁護士を連れてきて会社と争う。だから中国では従業員の増減が難しくなっている。かつては100人単位で採用・リストラできたが、もはや無理だ。とくにリストラは1人ずつ、恐る恐るでなければできない。その点タイは、今でも100人単位の採用が可能である。
加えてタイ人は忍耐強く手先が器用で、中国人のように簡単に辞めることもない。根気と習熟が必要な仕事を、今では日本人よりも上手にこなす。さらに、これまでは政情不安の影響で、バーツがあまり上がらず、競争力を維持することができた。タイは日本企業にとってメリットばかりの国なのである。
だから、今や日本の自動車・自動車部品、家電、光学機器などのメーカーが、バンコク南東のチョンブリ県や中部のアユタヤ県に集積している。そこには日本企業の工業団地と日本人の住宅街があり、日本食の店が軒を連ねている。
たとえば、ニコンは仙台工場で作っていた一眼レフカメラを10年くらいかけてタイに移し、今では高級モデルも含め一眼レフの大半はタイで製造している。あるいは前回の本連載で述べたように、日産自動車のコンパクトカー「マーチ」も、今やすべてタイ製だ。大方の部品が現地調達できるようになったから日本の工場を閉め、日本市場向けもタイからの「逆輸入」にしたのである。このように、かつては日本の得意技だった分野を労働の習熟性も含め、世界で最も再現できている国がタイなのだ。
※SAPIO2011年9月14日号