20年以上前のことだが、記者の知人が外国人ビジネスマンを案内していた際、「あれはどういうことか?」と質問された。そこは当時段ボールハウスが連なっていた新宿駅構内。ホームレスであることを告げると、相手から強い調子で「いや。そうではなくて、彼は新聞を読んでいるではないか? 新聞を読める知識がありながら、どうして仕事にありつけないのか?」と言われる。日本の識字率の高さや失業保障の弱さを説明したが、納得してくれることはなく、返答に窮したという。
その時代から今に至るまで、現在の日本のホームレスも新聞を読める知識のある人が多いが、そんな中2011年9月1日東京メトロ国会議事堂駅前の地下鉄構内に、小さな店舗ができた。ホームレスの自立支援をする『ビッグイシュー』、関東初の地下鉄構内販売店だ。
『ビッグイシュー』と聞いてわからない人でも、都市部の街中でハリウッド俳優などの写真が表紙になっている雑誌を掲げている人を見かけたことはないだろうか? あの雑誌が『ビッグイシュー』である。
創刊は1991年のロンドン。女性に人気の「ボディショップ」創設者のひとりゴードン・ロディックが、アメリカでホームレスだけが販売できる新聞を見て発案し、友人のジョン・バードが媒体を立ち上げた。
日本での創刊は2003年9月。内容は販売者であるホームレスなどの社会福祉問題だけでなく、表紙に代表されるようなエンターテイメント性の高い記事や、識者による連載あり、レシピあり、ホームレスである販売者が読者の悩みに答える人気の相談コーナーあり……と、幅広い人が楽しめる構成になっている。
関東初の地下鉄構内販売開始を機に、現代のホームレス事情などを中心に『ビッグイシュー』広報の佐野未来さん、販売サポートの長崎友絵さんにお話を聞いた。
――ホームレスになるケースとしては、現在どういった状況が多いのか?
「昔も今も失業が原因でホームレスになる人がほとんどです。日本の場合は仕事を失った際のセーフティネットが脆弱で、失業保険もありますが、給付までの待機時間が長い上に支給期間も短い。50~60代の日雇い労働者の方などは、仕事がなくなったらこの待機期間の間にホームレスになってしまいます。
生活保護という手段もありますが、状況によってはそれが“最初で最後のセーフティネット”ということで条件も厳しいですし、やはり支給まで時間がかかることもあり、そうした背景から住むところを失うケースが多いです」(佐野さん)
――『ビッグイシュー』の販売者になる条件は?
「路上生活者であること。あとは“お酒や薬物の影響を受けた状態で販売しない”など、簡単な8項目から成る『ビッグイシュー行動規範』を守れることが条件になります」(佐野さん)
――活動趣旨のひとつ「再チャレンジできる社会へ」とは?
「ホームレスの方の約70%が廃品回収などの仕事をしているのですが、それで得られる収入は月に4万円程度。これではとても住むところを確保することができません。
調査した結果、50%の人は“自立した生活をおくりたい”と考えていることがわかり、路上生活をしている人でも仕事を作れば、現状から脱出して“再チャレンジできる”という手応えを感じました」(佐野さん)
『ビッグイシュー』の販売価格は300円、そのうち160円が販売者の収入になる。1日25~30冊販売できれば、まずは最初のステップとして簡易宿泊所に泊まれるようになり、路上生活から脱出できる。
失業保障制度の改革を含めて、今の日本を「再チャレンジできる社会へ」変えるのは容易ではないだろう。ただ少なくとも自立や働く意思を示しているホームレスに対して「チャリティ」や「施し」ではなく、「購入」という形で応援をすることは300円でできるのだ。