中国の経済発展につれ、注目度が増す一方の通貨「中国人民元」。世界のほとんどの通貨の価値が市場経済の中で決定されるのに対し、人民元はいまだ中国政府の管理下にある特殊な通貨だ。市場関係者の間では、日増しに人民元の先高感が強まっているが、人民元高は日本経済にどんな影響を与えるのか。外為どっとコム総研代表・主席研究員の植野大作氏が解説する。
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長い目で見た人民元政策の運用については、最終的には中国政府の考え方次第ですが、世界2位の経済大国が未だに為替を人為的に操作している状態は明らかに異常ですし、もうそんなに長くは続けられないと中国政府も思っているのではないでしょうか。
中国が最近目指し始めた「人民元の国際化」に本気で取り組むなら、為替取引は徐々に自由化せざるを得ませんし、「長期的な通貨価値は国力を反映して決まる」と考えるなら、人民元相場の柔軟性を高めれば高めるほど、通貨価値は上昇圧力に晒されるとみるのが自然です。
あくまで私見ですが、向こう10年ぐらいの間に、人民元の価値は対ドルでみて今よりまだ4割以上高かった1980年代末期の水準に里帰りする可能性が高いと考えています。人民元が今世紀における最強通貨の一角を担うとみる向きは多く、最近は投資信託業界などでも人民元の値上がり期待を商品設計に取り込む工夫が一部で始まっているようです。
今後、人民元が長期的に値上がりする場合、私たちの日常生活にも影響を及ぼすとみられます。経済発展と元高の相乗効果による中国の購買力の増大を背景に、日本からの中国向け輸出は増加し、日本の消費施設や観光地での中国人観光客の存在感は一段と増すでしょう。
中国産品と国産品の農畜産物の価格差が縮むので日本の農業には朗報となり、世界中で安い中国製品と競争している日本企業にも元高の恩恵が及ぶとみられます。
ただ、元高で良いことばかりが起きる訳ではありません。中国の購買力が上がり過ぎると天然資源の価格高騰を招き、資源獲得競争で日本が買い負けするリスクも高まります。中国製品を取り扱う輸入企業や本邦企業の中国工場では、元高はコスト高要因になるため、今後の元相場の動向次第では、中国の製品や人件費の安さを前提に成立していたビジネスは見直しを迫られる可能性もあります。
為替相場が動いた場合に、勝ち組と負け組が出るのはドルやユーロだけの専売特許ではなく、人民元でも同じです。世界市場における中国の存在感が増す中、人民元の行方から目を離せない時代が到来しており、隣国日本の「外為門下生」にとって、「人民元動向」は必須科目の一つになりつつあるといえるでしょう。
※マネーポスト2011年9月号