広瀬和生氏は1960年生まれ、東京大学工学部卒。音楽誌『BURRN!』編集長。30年来の落語ファンで、年間350回以上の落語会、1500席以上の高座に接する。その広瀬氏が「“引き”の芸風の演者」と評するのが、三遊亭天どんだ。
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名前もユニークなら芸風もユニークな三遊亭天どん。僕が好きな新作派の二ツ目だ。1972年生まれ、1997年に「新作の教祖」三遊亭圓丈に入門し、2001年に二ツ目昇進。所属する落語協会の通例でいえば、もうじき真打に昇進してもおかしくないキャリアである。
天どんは完全に「引き」の芸風の演者だ。絶対に押してこない。どこか投げやりな口調で、いつも斜に構えている。高座に出てきて語り始めるマクラは、毒を吐くというよりブツブツ愚痴をコボすような感じで、薄笑いは浮かべているのに愛想が無い。ネタが空回りすると「ほらウケない」「いいですねー、この冷たい空気」などと自虐的なセリフを口走り、アウェイ感を倍増させる。
そういうシニカルな態度は、落語に突入してからも変わらない。自分にツッコミを入れる「地の自分」が頻繁に顔を出す。それはほとんど「単なる愚痴」に近いのだが、天どん特有の絶妙の間合いで聴かされると、妙に可笑しい。この、「どうせ世の中こんなモンでしょ」とでもいうような皮肉なセンスが、天どんの魅力だ。
天どんの落語に出てくる人たちは、全員ちょっと脱力している。とんでもない事態に陥っても、どこか冷めていて、あまりアタフタ騒がない。春風亭昇太に「人は追い詰められるとヘンなことをする。その可笑しさを描くのが落語」という名言があるが、天どんの場合、「追い詰められているのに冷めている」というヘンな状況が笑いを誘発する。
天どんの新作落語は、設定だけ見るとコントに近いものが多いが、実はコント的ではなく、物語性に満ちている。ただ、三遊亭白鳥のように壮大なストーリーにはならない。天どんの新作には、ユーモアSF系ショートショートに近いシャレた味わいがある。中にはひたすらバカバカしいだけの噺もあるが、天どんのトボケた口調で語られると、妙に納得してしまう。そこがファンには堪らない「天どんの味」なのだ。
※週刊ポスト2011年10月7日号