「芸能界浄化作戦」に向けた本格的な捜査を行う中核組織・「丸の内特捜班」の発足をはじめ、暴力団壊滅の大号令を発している安藤隆春・警察庁長官。2009年6月の就任以来、摘発作戦は激しさを増す。特に安藤長官が闘志を燃やすのが山口組の弱体化であり、その嚆矢としたのが弘道会殲滅作戦だった。
全国の暴力団関係者の半数近い約3万5000人の構成員を擁する山口組。六代目山口組組長の出身母体である弘道会は組員約4000人の最大勢力だ。
昨年だけで弘道会関係者の逮捕者は1000名に及び、11月には弘道会現会長で、山口組“ナンバー2”の高山清司若頭を恐喝容疑で逮捕している。
“暴力装置”を背景にした、不動産売買、みかじめ料の徴収や覚せい剤犯罪など違法行為をはたらく暴力団を排除しようとするのは“国家の正義”として当然のことである。しかし、あまりの革新的な捜査手法に危惧の念を抱く声もある。
暴力団捜査に詳しいジャーナリストの伊藤博敏氏はこう語った。
「安藤長官の凄さは、国家への使命感を愚直に実行したところにある。警察もまた暴力団、相撲界、芸能界となれあい、大抵の長官は“ほどほどでいいじゃないか”と、ここまで追い詰めなかった。ただ、無理をしたのも事実。国民にとって、安藤流の暴力団制圧がいいかどうかはわからない。東京でも施行される暴力団排除条例によって排除される存在となった組員は一般人を装い、識別が難しくなる。これまで以上に窮屈で危険な未来が待っているかもしれません」
もちろん安藤長官も急激な浄化作戦に対する闇社会の反発は予想しているはずだ。では、なぜここまで執念を燃やすのか――。
冷やかな見方はこうだ。
「景気の悪化もあり、この数年急激に警察OBの天下り先が細っている。全国に29万人もいる警察官の再就職問題は組織の根幹に関わる大問題。そこで警察官僚は暴力団を壊滅させ、彼らが“みかじめ料”を取って守ってきた繁華街の治安維持を、警備会社に置き替えようと考えた。そこに警察OBが天下ればまさに一石二鳥。つまり現在の暴力団壊滅作戦は、ある意味暴力団と警察の“利権争奪抗争”という見立てもできる」(警察に詳しいジャーナリスト)
一方、安藤長官の個人的な思いを理由に挙げる者もいる。愛知県立一宮高校時代の同級生で、現在はラジオパーソナリティとして活躍するつボイノリオ氏が語ってくれた。
「山口組の中核をなす弘道会は、愛知に母体がある。自分が生まれた地が暴力団の幹部や組長を輩出していることに対して、日本の警察のトップにのぼり詰めた彼なりに忸怩(じくじ)たる思いがあるのではないでしょうか。
彼は昔から温和な中にも信念のようなものがありましたから。進学校のうちでもとりわけ優秀な生徒が集まる進学クラスに入っていたんですが、それでいて気取らず、悪口をいったりすることのない人間でしたね」
“郷土愛”の強さは就任時に「私は尾張人です」と語ったことからもつとに知られている。
実際に安藤長官は、2010年4月に愛知県警に山口組・弘道会取り締まりの実動部隊となる「弘道会特別対策室」を設置した。暴力団担当の捜査4課だけではなく、生活安全部や交通部の捜査員も動員して、摘発や情報収集につとめている。
愛知県警関係者がいう。
「対山口組の最前線である名古屋では、そうまでしないと対抗できない。弘道会は愛知県警幹部や担当官の顔写真、家族構成、自宅住所を調べあげて、嫌がらせをしかけてくる。家に小動物の死骸が送られてきたり、家族に脅迫まがいの電話をかけてきたり……もちろん住民も暴力団に怯える生活を送っています」
自宅が近所であり、安藤長官を幼少時代から知る蜂須賀幹雄氏(一宮歯科医師会前会長)はいう。
「彼が長官になったとき、一宮の名誉市民に認定してお祝いをしようという話があった。けど、彼からは『いまは現場から離れられない。長官を辞めてからじゃないと無理だよ』と断わられたんです。これだけ偉くなっても、まだ、自らの使命を達成できていないという思いが強いんでしょう。だから辞めたら地元のメンバーで慰労会を開いてあげようと思っています」
既に2年以上務めている長官としての任期は、来年3月までと囁かれている。そのとき安藤長官は故郷に錦を飾れるだろうか。
※週刊ポスト2011年10月7日号