芸術の秋――今年は芸術性が高く、歴史的価値のある作品を中心に上映する「エキプ・ド・シネマ(以下、エキプ)」をチェックしてみては? エキプの歴史は、1974年、サタジット・レイ監督の『大樹のうた』で幕を開ける。以後約15年間はイングマール・ベルイマンやジャン・ルノワール、ルイス・ブニュエルなどの巨匠たちの作品が並ぶ。
「どこが埋もれた名画なのかと疑問に思うかもしれませんが、厳しい興行界では、巨匠といえども一度興行的に失敗すれば新作上映が見送られることは少なくないのです。エキプの巨匠作品の多くはそうした事情で他館では上映されなかったものです」とエキプを開始してから37年を迎えた岩波ホールの岩波律子支配人は語る。
業界が不振にあえぐこの時代、商業的に危ういといわれた作品を上映しながらも、エキプは着実にファン層を広げた。特に1977年の『惑星ソラリス』は若者の圧倒的な支持を集め、『ねむの木の詩がきこえる』は主婦層の心を捉えた。飛躍の年となったのは1978年。『家族の肖像』が大ヒットし、日本中でヴィスコンティブームが起きた。以後『木靴の樹』『大理石の男』などのヒットに恵まれ、エキプは安定した時期を迎える。
「ここ20年ほどで明確になったヒットのテーマは“老い”です。老人施設のドキュメンタリーや逞しく生きる老人を描いた作品など、上映本数は多くなりました」(岩波支配人)
最初のヒットは、1986年に上映されたドキュメンタリー『痴呆性老人の世界』。介護に関わる人や年配者が多く来館し、1990年と2007年にもシリーズ化した作品が上映された。
劇映画では1988年の『八月の鯨』が観客動員数、歴代3位を記録。この映画は岩波ホールを知らない人でも作品名だけは知っているのではないだろうか。最近では、昨年暮れに老婦人と青年の交流を描いた『クレアモントホテル』が話題となり、今年4~6月に上映された『木洩れ日の家で』は大行列ができた。
高齢化社会を迎えた今、晩年の生き方に非常に関心が高まり、映画を通して人生を考える人も多いようだ。
※週刊ポスト2011年10月7日号