眼を閉じれば、まざまざと思い出すあの日の彼女、あの時の情事。そんな記憶のなかの「宝物」――ここでは78歳・元銀行員男性の告白を聞いてみよう。
* * *
私が育った三重県の漁村には夏になると海女さんが出稼ぎにきて、アワビを採っていた。海女さんたちは休憩時間に人気のない海岸に船をつけ、素っ裸になって、たき火で体を暖めます。
友だちとその場所にそっと近づいて覗くのが思春期の頃の楽しみでした。とはいえ海女さんはほとんどが40代以上なんですが……。
高校3年の夏。例によって海女さんを覗きにいくと、見習いの若い女の子がひとり混じっていた。胸は小ぶりでしたが、肌が白く、引き締まった体は、他の海女さんたちとは違っていた。
翌日、村から数キロ離れた町の花火大会に行こうと思っていると、地元の網元の奥さんが「この子も花火が見たいといってるから、連れていってやってや」といって家を訪ねてきました。
それは昨日の若い海女さんで僕は胸が高まり、何もしゃべれなくなってしまいました。彼女も緊張していて花火を見ても感想ひとついわない。帰りも黙ったままでしたが遅くなったので近道をいくことにしました。
途中、小さな川を渡らなければならないので彼女の浴衣が濡れないよう、おんぶしようと背をかがめました。すると彼女も恥ずかしそうにおぶさってきた。
若くて固い彼女の胸のふくらみが、背中にあたるのを感じ、僕の胸は早鐘のように高鳴りました。無言のまま背中から下ろすときに繋いだ手は、家までずっとそのままでしたよ。
――彼女が死んだと聞いたのは、それから1週間後のことでした。急な波にのまれ、他の海女さんが懸命に捜したものの見つからなかったそうです。
あれから50年たちますが、背中にあたる彼女の胸のふくらみとひんやり冷たかった手の感触は、いまも忘れられません。
※週刊ポスト2011年10月7日号