独裁国家の世襲リーダーといえども、権力の継承には、それ相応の段階を踏む必要がある。かつて金正日が表舞台に登場した際にも、その“権力掌握”は周到に準備されていた。では、息子・正恩の権力はどのように強化されつつあるのか。ジャーナリストの惠谷治氏が解説する。
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北朝鮮の共和国創建63周年記念日にあたる去る9月9日、平壌の金日成広場では労農赤衛軍の閲兵式が行なわれ、金正日・金正恩父子が揃って観閲台に姿を現わした。
通常、北朝鮮では60周年、65周年といった節目の記念日に閲兵式が開催され、気紛れな金正日といえども、その日だけは必ず出席していた。しかし、3年前の共和国創建60周年記念日は、開始が大幅に遅れ、ついに金正日が登場することなく式典が行なわれたため、全世界が「金正日大異変」を知るところとなり、やがて「脳卒中で倒れた」ことが確認されたのである。
今回、63周年という半端な記念日に式典を開いて金正日が登場したのは、3年前に欠席した最高司令官としての汚点を解消する意味もあっただろう。だが、無論それだけではない。
北朝鮮人口の4分の1近くの500万人が所属する予備兵力の「労農赤衛隊」は、昨年10月に「軍」に昇格。金正恩が登場した党創建65周年記念日の朝鮮人民軍との合同閲兵式で「労農赤衛軍」と紹介された。
予備兵力を格上げし、さらに今回、半端な記念日にもかかわらず「労農赤衛軍」単独の閲兵式を挙行した背景には、120万の兵力を有する正規軍である人民軍が現在、深刻な食糧難に陥っており、「先軍政治」を叫んでも、もはや忠誠を期待できそうにない状況にあることが挙げられる。
今回、異例にも金正日が金正恩まで伴って式典に臨んだのは、より広範囲の人民レベルの忠誠心を労農赤衛軍に求めると同時に、軍を基盤とする正恩の権威を高める意味があったと考えられる。
異例といえば、今年の金正日の誕生日(2月16日)に開催された祝賀宴会に、金正日自ら臨席した事実も指摘できる。金正日はこれまで、自らの誕生日には公の席に姿を見せなかったが、今年は「古希」の祝い(公式には69歳だが、実年齢は70歳)ということ以上に、こうした祝賀宴会にも金正恩を連れて歩き、後継者としての基盤を固めたいという親心が見え隠れする。
※SAPIO2011年10月26日号