【書評】『雪男は向こうからやって来た』(角幡唯介著・集英社)1680円(税込)
2008年10月、ヒマラヤ山中で日本の捜索隊が雪男(イエティ)の足跡を発見した、というニュースが世界を駆け巡った。実は早稲田大学探検部出身の著者もこの捜索隊に参加していた。本書はその捜索行のドキュメントである。
日本で「雪男を探しに行く」と言えば、荒唐無稽と受け取られるのがオチである。現地でも物笑いの対象のようで、村人たちは「雪男なんていないよ」と苦笑するという。やることといえば、過去に多くの登山家が雪男を目撃した有名な谷で“二足歩行の類人猿”を探してひたすら見張るだけ。「川口浩探検隊」とあまり変わらない。
テレビロケとの大きな違いは、そこが雪崩の頻発する極めて危険な地域であることだ。しかし、雪男には、命を賭してまで捜索に向かわせる“何か”がある。それは、“そこにいてはいけないはずの存在”(あるいは、足跡などの痕跡)を目撃することの言い知れぬ高揚感と言っていいのかもしれない。
フィリピンで小野田寛郎を発見した探検家の鈴木紀夫も、雪男の姿をフィルムに収めたはずが、何も写っておらず、恥をかいた。結局6度も捜索遠征に出て、最後は雪崩に遭って亡くなった。著者が参加した捜索隊のメンバーも、かつて“痕跡”に触れたためにヒマラヤ通いを続けている者ばかり。
著者はその深淵に足を踏み入れてしまうことに躊躇する。
〈(足跡が)近づいてくるにつれ、わたしは足跡の正体を確かめるのがなんだか不安にもなってきた。自分は雪男の存在を受け入れる心の構えができているのだろうか〉
雪男を追い続ける人生は、幸福なのか不幸なのか。少なくとも本書を読了した後は、雪男を探す人々を鼻で笑えなくなる。
※SAPIO2011年10月26日号