前人未到の世界体操・個人総合3連覇を果たした内村航平選手(22)。そして、優勝を決めた直後、お手製の日の丸を掲げた母・周子さんの息子を健気に応援する姿もまた大いに注目を集めた。だが、今日に至るまでは、知られざる母と子のドラマがあった。
福岡県北九州市生まれの内村は、中学卒業までは両親のもとで腕を磨き続けたが、憧れだった塚原直也選手に追いつくためにと、高校入学とともに上京を決意。「親元だと甘えが出る。体操がうまくなりたいから、どうしても行きたい」という内村の熱意に負け、周子さんは息子を東京へと送り出した。
そして両親の支えを糧に、19才でつかんだ北京五輪の切符。才能はここで一気に花開き、団体、個人の両方で銀メダルを獲得。一躍、日本体操界の新エースに上り詰め、翌2009年の世界体操では、日本人最年少で世界王者へと駆け上った。
だが、このころ内村と周子さんの距離が離れていく。遅い反抗期だった…。内村は雑誌やテレビのインタビューで、周子さんのことを「うざい」「なんかよく喋るし、むさいし、最も嫌いなタイプ」などと公言するようになる。
「そのころは、何十回と電話をかけても出ない、メールにも一切返事を寄こしませんでした。それで、メディアを通じて航平が私のことを“うざい”とかいってるのを聞いて、もうショックで泣きましたよ。せっかく育てたのに、どうしてって思いましたね…。
でも、周囲の人から“干渉しすぎだ”とアドバイスを受けて、自分も変わらなきゃと3か月間、一切メールも電話もしなかったんです。それで黙って航平の試合の応援に行ったら、向こうから私のほうに近づいてきて、手を振って話しかけてくれたんです。それからですね、関係がなんとなくよくなってきて」(周子さん)
今年、就職した内村は、親しい人にこんなことを打ち明けていたという。
「いつも冷たくしてるから初任給で何か買ってあげたい」――母の思いはきちんと息子に届いていたようだ。
※女性セブン2011年11月3日号