巨大なモノクロームのポスター、イメージキャラクターの市川海老蔵がじっと見つめる。「男の色気」をテーマに、全面改装して生まれかわった「阪急MEN’S TOKYO」。話題の空間を訪れた、作家で五感生活研究所の山下柚実氏は、何を感じたか? 以下は山下氏の五感リポートである。
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震災後、暗くなったと言われる銀座・有楽町界隈に熱気を呼び戻そう--百貨店による商戦が白熱し、新たな挑戦が話題を集めています。
老舗「三越」と「松屋」は、初の共同イベント「GINZA FASHION WEEK」を開催。一方、有楽町では10月15日、鳴り物入りで「阪急MEN’S TOKYO」がオープンしたばかり。
全面改装して生まれかわった「阪急MEN’S TOKYO」、そのテーマはなんと “男の色気”と聞いて興味津々。話題の空間に潜入して、『五感評価』してみました。
正面入口から一歩入ると、男性用の香水の香りがほのかに漂う。思わせぶりな紫色のシャンデリアが、いくつもぶら下がっています。
巨大なモノクロームのポスター、イメージキャラクターの市川海老蔵が私をじっと見つめる。紫と黒と海老蔵。たしかに色気がむんむん立ち上ってくる雰囲気です。
手渡されたパンフレットには「世界が舞台の男たちへ」のコピー。「出張で国内外を飛び回るエリートビジネスマン」がターゲットだそうで、フロアは黒や鼠、木目調など全体にダークな色調で統一感があり、落ち着きと成熟さを演出。
一階に足を踏み入れると……驚かされたのは、カバンの品揃え。「世界が舞台の男たち」が相手だけに、カバンの数といったらハンパではない。こんなに多種多様な素材、形、質感のカバンやラゲージが一堂に会する光景は、初めてです。
ファッションフロアのみならず、さすが「MENS」にフォーカスしただけあって、女の特権領域だったエステやネイルも新種のサービスが。
男性むけ「ヘッドスパ」、男性むけネイルケア。サラリーマンの方々は、新しい触覚・質感の癒しに出会えそう。
味覚も負けていない。例えば、グローバル情報誌「MONOCLE(モノクル)」が世界初のカフェとして地階に開店した「モノクルカフェ」。モノクル編集長が選び抜いた、木目が美しい椅子で、香り立つダージリンを堪能することができました。
百貨店は冬の時代、さすがに背水の陣で行ったリニューアル。「阪急MEN’S TOKYO」は、香り、色、味、感触を、心地よく多種多様に刺激する新空間となっていました。しかし、ひとつだけ残念なことが。「音」に問題が……。
店内を歩いていると、「ピィー、ピィー、ピィー」と鋭い警告音が耳に。万引き防止のサインが、優雅なカバン売り場に響き渡る。
エスカレーターに乗ると、「今3階の××で○○のお買い物をされましたお客様、お忘れ物がございますので…」。百貨店の定型アナウンスが、すごい音量で耳に飛び込んできます。
音によって、「男の色気」漂うファンタジックな空間から、ただの凡庸な日常へとひき戻されてしまう私。「阪急MEN’S TOKYO」の『五感評価』は、「聴覚・音」に課題が残りました。
音は目に見えない。そのため、工夫が薄くなりがち。BGMの選曲程度に留まりがちですが、上質な空間をデザインする時、音は重要な要素になるはずです。
「音風景 ランドスケープ」という言葉が示すように、音は空気の中を伝播し、一定の広さに届き、空間をひとつの雰囲気に染め上げる。
「阪急MEN’S TOKYO」には、お客が夢から目覚めないための音による工夫、いわば、「紫と黒と海老蔵」の雰囲気を、聴覚からも味わえる仕掛けが、もう少し必要なのかもしれません。