金正日から金正恩への世襲が行なわれる2012年に向けて、金正恩に忠誠心をアピールする軍部が軍事的挑発を仕掛けてくる可能性がある。通常兵器では圧倒的優位に立つ日本だが、侮ってはいけない。潜水艦や工作船は看過できない脅威といえる。北朝鮮の軍事力の全貌を軍事ジャーナリストの井上和彦氏が解説する。
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総兵力120万人、総人口の5%近くが現役軍人とされる北朝鮮は、GDPの約14%を軍事費に充てている(日本は0.9%)。では、北朝鮮はミサイル以外にどのような兵器を持っているのだろうか。
陸軍の兵力は約100万人。戦車を約3500両も保有している。陸上自衛隊(796両)の約4.4倍だ。だが、いかに多くの戦車を保有しようとも、日本海があるため、わが国の脅威とはなり得ない。しかも旧ソ連製T62あるいはT54/T55といった旧式戦車が主力。一部T72など新しいものも保有しているが、これは恐らくロシアが輸出用に性能を低下させた“モンキーモデル”であろう。
海軍は約650隻の艦艇を保有。しかし総トン数は10.7万tしかない。海上自衛隊の艦艇が143隻で44.8万tであることから、北朝鮮海軍は小型艦艇が大半であることがお分かりいただけよう。
1500t級のフリゲート艦3隻、黄海などで韓国海軍としばしば衝突してきた小型の哨戒艇や高速ミサイル艇など約300隻、さらに小型潜水艦約60隻、強襲上陸用のエアクッション艇約130隻などを保有するが、海上自衛隊のハイテク護衛艦と互角に戦える戦闘艦艇は一隻も保有していない。
航空戦力は作戦機が約620機。数の上では航空自衛隊の作戦機と海上自衛隊の固定翼機を合わせた430機を上回る。しかし大半は旧ソ連製のミグ21やミグ19といった“骨董品”のような旧式機で、わずかながら第4世代のミグ29戦闘機(35機)なども保有しているものの、航空自衛隊のハイテク戦闘機の敵ではない。また燃料不足のため十分な訓練ができず、パイロットの技量も低い。
このように陸海空のどれをとっても自衛隊に太刀打ちできない。だからといって北朝鮮を甘く見るのは禁物だ。
たとえば「An2輸送機」(アントノフ2)だ。機体は時代後れの布張り複葉プロペラ機だが、航続距離は約1000kmで、12名の特殊部隊を輸送することができる。しかも超低空を飛行するため対空レーダーに探知されにくく、地上すれすれの匍匐飛行で特殊部隊を韓国領内に送り込むことができる。いわば北朝鮮の“ステルス機”だ。
潜水艦もまたAn2と同様に、運用方法が変わることで脅威となる。ロメオ級潜水艦、サンオ級小型潜水艦およびユーゴ級潜水艇を合わせて約60隻を保有。これらは、対艦攻撃という潜水艦本来のミッションには旧式すぎて使えないが、北朝鮮は小型潜水艦を主として特殊部隊を韓国領内に深く潜入させるための輸送に用いている。旧式といえども北朝鮮の潜水艦が、武装工作員の輸送に使われると“最強兵器”に早変わりするのだ。
例えば、これらの小型潜水艦が武装工作員を乗せて原子力発電所が所在する日本海側の海岸にやって来れば大変なことになる。海上警備を担う海上保安庁の巡視船には対潜能力は一切なく、海保のみの警戒網は簡単に突破されてしまうからだ。
※SAPIO2011年10月26日号