北朝鮮の金正日総書記の後継者として金正恩氏が登場した昨年以降、中国国境に近い地域では、密輸や麻薬流通、携帯電話使用、脱北者の取り締まりが一層強化された。中央から特別部隊を何度も派遣して、抜き打ちで荷物検査をしたり、疑わしい人物の強制家宅捜索などを行なっている。
脱北者や現地の協力者に取材を続けているアジアプレスの李鎮洙氏が語る。
「この7月には、『許可なく(中朝国境の川)豆満江を渡ろうとする者は無条件射殺せよ』という金正恩の指示が出されたという証言がある。人民たちの間では『息子は親父よりたちが悪い』と言われている」
9月初めには、中朝国境地帯に「828常務」という新たな部隊の派遣が指示されたことが、韓国のインターネット新聞「デイリーNK」によって報じられた。金正恩が「8月28日」に指示を下したことが部隊名の由来とされる。その主な任務は、韓流ドラマ密輸の取り締まりだという。2004年頃から、北朝鮮では韓流ドラマの海賊版をCD-Rなどにコピーしたものが数多く流通している。
「現在では、ほとんどの人が韓流ドラマを観ていて、特に『天国の階段』『秋の童話』などが人気だという。そして『南は豊かだが、自分たちは世界で一番貧しい』ことも皆、理解している。
韓流ドラマをはじめとした海外の情報が国内に流通すれば、当然、人民が独裁体制に対して反旗を翻す原動力になりうる。だから金正恩は国境警備を厳しくすることを指示したが、取り締まる側も、(満足な政府支給が得られず)飢えている。
相次いで投入される取り締まり部隊は一時的に成果を挙げたとしても、しばらくすると、見逃す代わりに賄賂やおこぼれをもらうようになるのが常となっている」(前出・李氏)
9月13日に能登半島沖で見つかった9人の脱北者のうちの1人も、事情聴取に対し「ドラマで観た韓国での暮らしに憧れていた」と語っている。体制側がいくら取り締まろうとしても、着実に“綻び”は広がっている。
※SAPIO2011年10月26日号