「ロシアは帝国主義の論理の国である」――対露外交の裏を知り尽くす作家で元外務相主任分析官の佐藤優氏は、繰り返しそう指摘してきた。では、その「論理」に基づくプーチン氏は、東アジアでどのような“外交ゲーム”を展開するつもりなのか。佐藤氏が解説する。
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10月11~12日、ロシアのプーチン首相が中国を訪問し、胡錦濤国家主席、温家宝首相らと会談した。12日に行なわれたプーチン・胡錦濤会談について露国営ラジオ「ロシアの声」(旧モスクワ放送)はこう報じた。
〈プーチン首相は、「中国とロシア政府が近い将来に向けて策定したプランに対する貴方からの支援に非常に期待している」と述べた。
首相は、国家主席を大切な友だと述べ、露中関係は非常に順調に発展しており、6月に行われた国家主席のロシア訪問はこれらの傾向を強めたと指摘した。
プーチン首相は国家主席に、ロシアのメドヴェージェフ大統領からの心からの挨拶を伝えた。国家主席は、プーチン首相に謝意を表し、メドヴェージェフ大統領にくれぐれも宜しく伝えるよう依頼した。
国家主席は、「貴方は中国国民の大切な友人だ。国内での貴方の活動スケジュールは非常に厳しいが、我々の元へ訪れるチャンスを見つけてくださった。私はこれが、我々2カ国関係の発展に貴方が大きな関心を払っていることを明確に物語っていると考えている」と述べた。〉
この報道だけを見ていると、今回のプーチン首相の訪中で、中露関係が一層強化されたように見える。しかし、細部から中露関係が決して蜜月でないことが伝わってくる。
例えば、胡錦濤主席が「国内での貴方の活動スケジュールは非常に厳しいが、我々の元へ訪れるチャンスを見つけてくださった」と述べている部分だ。今回の日程調整に関し、プーチン首相が「忙しい」ので手間取ったことをうかがわせる。
外交の世界で「忙しい」とは「あなたの国の優先度は低い」という意味だ。胡錦濤主席はプーチン首相に対して、「忙しい中、訪中の時間を見つけてくれたことで、あなたも中国に対して関心を持っていることがわかりました」という皮肉を込めたメッセージを伝えているのだ。
今回のプーチン訪中に関して、10月12日付「ロシアの声」が報じた「ロ中経済協力は新たなレベルに飛躍 プーチン首相の北京訪問」と題するズヴェトラーナ・アンドレーエワ氏の論評を注意深く分析すると、ロシア政府の本音が透けて見える(「ロシアの声」は、国営放送なので個人名の論評でも政府の見解に反する報道は行なわない。外国向け放送を通じて関係国にシグナルを送るのは、ソ連時代からあの国が行なう伝統的なインテリジェンス技法である)。
アンドレーエワ氏は、まず、〈ここで注意を促したいのは、2008年の経済危機以前のロ中の貿易額は最も高かった時でさえ、560億ドル弱だったという事実である。
プーチン首相は温家宝首相との会談を総括した中で「今年我々は少なくとも、明らかに700億ドルの水準まで到達するだろう。もしかしたらそれ以上、800億ドルに近づくかもしれない」と語っている。〉と指摘する。
この点だけを取り出して見ると中露関係が飛躍的に前進しているように見える。問題は、中露経済協力の質だ。中国がもっとも望んでいるのは、ロシアから安定的にエネルギーを確保することだ。この問題に関するプーチン首相の反応が、実に冷淡だ。アンドレーエワ氏の論評を引用する。
〈北京での一連の首脳会談に先立ちプーチン首相は、中国のマスコミ代表と会見したが、代表達がまず興味を持ったのは、両国の石油ガス契約をめぐる諸問題だった。
プーチン首相は「我々にとってガスをめぐる協同行動が鍵を握るとはみなしてはいない。優先的になるべきものは、もちろんハイテク領域での協力であり、又伝統的な機械製作のみならず航空機製作における両国の協力だ」と指摘した。〉
プーチン首相は、「我々にとってガスをめぐる協同行動が鍵を握るとはみなしてはいない」と突き放した発言をしている。天然ガスの輸出に関して、ロシアはあくまでも経済的実利を追求しているのであり、ロシアが過重負担をする形での協力をするつもりはないということだ。
プーチンは1970年代にKGB(ソ連国家保安委員会)第1総局(対外諜報担当。SVR[露対外諜報庁]の前身)でインテリジェンス・オフィサーとしての教育と訓練を受けた。当時のKGBは中国を最大の仮想敵国としていた。
プーチン首相やイワノフ副首相などKGB第1総局出身者には、対中警戒心が骨の髄まで染みこんでいる。このことが今回の訪中においても現われている。
※SAPIO2011年11月16日号