昨年10月、一箱100円以上という過去最大の値上げをしたばかりというのに、またまた「値上げ」の話である。すでに一商品として異例の税金がかけられている「たばこ」を、さらに値上げし震災復興財源にしようというのだ。しかし、その先には、推進者の思いとは裏腹の事態が待ち構えている。経済評論家の森永卓郎氏が解説する。
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復興財源のひとつとして検討されている「たばこ増税」(現在、野党からの反対によって臨時増税案から除外という動きも出ているが、これまでも財源不足のたびに取り沙汰されてきたことを考えれば、今後も復活することは十分考えられる)。しかし、この財源、実はまったく当てにならないことをご存じだろうか。
民主党税調は9月27日に「たばこ税は2012年10月から国税・地方税合わせて1本当たり2円の増税」とし、これによって2900億円の増収につながると打ち出した。野田内閣の発足直後にも小宮山洋子厚生労働相が「たばこ税を1箱700円程度まで増税しても税収は減らない」などと発言し非難を浴びたが、いずれも事実誤認としか言いようがない。
過去10年間のたばこ税(国税)の推移を見ると、2002年度に8480億円あったたばこ税は、その後3回の値上げを経て、2011年度(予算ベース)には8160億円となっている。確かに値上げした初年度こそ税収は増えているが、増税効果はそこまで。その後は減り続ける一方であり、サルが考えても、税金を上げて税収が増え続けることはあり得ないのである。
つまり、民主党はどう考えても増収に結びつかない増税案を持ち出したことになる。では、何のためにこんなことをやるのか。
民主党は鳩山政権以来、「たばこ増税は増収のためではない。あくまで健康のためだ」と言い続けてきた。確かに、厚労省の研究班が調べた平均余命を見ると、40歳男性でたばこを吸わない人がその後42.1年生きられるのに対し、吸う人は38.6年。また禁煙した人は40.4年に延びるとある。つまり、喫煙者がたばこをやめると1.8年長生きできるというのだ。
これは平均値としては正しいだろうが、問題はそれがどのような経済的影響を及ぼすかにある。
たとえば年金。2011年度の年金給付額は厚生年金と国民年金を合わせると42.5兆円に上る。ざっくり言うと、65~80歳までの15年間に毎年これだけの支給額が必要となるのだが、仮にたばこを全員やめさせたとすると、1.8年寿命が延びるため、毎年1兆2000億円以上の財政負担が増えてしまう計算になる。
もちろん今回の値上げで全員がやめるわけではないので、仮に今回のような1割の値上げで喫煙者の1割がやめたとすると、少なくとも1200億円の財政負担が増すことになるのだ。しかも、高齢化に伴って年金給付はどんどん増えており、それはあくまで控えめな見通しに過ぎない。たばこ増税によって税収が増えないばかりか、寿命が延びることで歳出が増え、財政はますます悪化してしまうという皮肉な結果につながりかねないのである。
ましてや、たばこを値上げすると販売数量が落ち込むため、たばこ農家をはじめフィルターや香料などを生産する会社、運送会社といったたばこ関連産業が大きな打撃を受ける。現在、それら関連産業の規模は約5000億円とされるが、1割の値上げで売り上げが1割減ったとすれば500億円。さらにそれらの産業で失業が相次げば失業保険などの財政負担も加わるため、先ほどの年金負担増と合わせれば、ざっと年間2000億円もの経済損失につながることになるのだ。
たばこ増税は日本を救うどころか、これだけ財政が厳しい時に、一方的に喫煙者に苦痛を与えたうえに、非喫煙者も巻き込んで年間2000億円もの財政負担を増すことにしかつながらない。いたずらに増税を進めればどうなるか。まずそのことを認識しておく必要がある。
※SAPIO2011年11月16日号