年金支給年齢の引き上げや消費税増税などの検討を盛り込んだ「社会保障・税一体改革成案」が7月1日閣議了承された。
この案の特徴は、中産階級やアッパーミドル層を「稼いでいるから取りやすい」と狙い撃ちしていることだ。「標準報酬上限の引上げ」がそれだ。現在、厚生年金保険料は月収約62万円を超えると上限に達し、それ以上はいくら稼いでも変わらないのだが、その上限を2倍の月収約121万円に引き上げるという。上限のサラリーマンの場合、毎月納める(天引きされる)保険料はこれまでなら約5万円だが、改正後は約10万円に倍増する。
この案をまとめた仙谷由人・民主党政策調査会長代行らの一派は、金持ちを叩く分には国民は黙っているとタカをくくる。 しかし、金持ちを叩けば経済が衰え、国が滅亡に向かうことは確実である。
日本は先進国のなかではGDP(国内総生産)に占める個人消費の割合は低いほうだ。それだけ企業や政府が国富を集めて使っている割合が高いわけだが、それでも個人消費はGDPの約6割を占める。
これまで以上に政府が国民からカネを搾り取れば、その個人消費に大打撃を与える。年収800万円、1000万円という層を「金持ちすぎる」と標的にし、年収600万円と同レベルの生活を強いる政治が、どんな経済環境を招くか。
これまで「高額所得者」が顧客だった高級車や高級品の製造・販売、中・上級のレストラン、ホテル、サービス産業は生き残れない。国民が等しく軽自動車に乗り、大衆酒場で飲み、家族旅行は安い民宿。その生活が悪いわけではないが、それしかない経済では国の発展は望めず、何より多くの雇用が失われる。結局、庶民の首を絞めるのである。
現に、今の日本は不況にありながら個人金融資産は増え続けている。不況の原因は国民が貧しくなったことではなく、カネがあるのに使わないことなのだ。理由は将来への不安である。
本当に必要な政策は、国が国民からカネを召し上げることではなく、国民が安心して貯蓄を消費に回せる社会をつくることだ。
レーガン時代のアメリカ、プーチン時代のロシアなどは、大胆に減税して金持ちに消費させる政策を取り、経済をV字回復させた。結果的に財政も潤い、社会保障制度も危機を脱した。
逆に、労働階級の票に支えられ、社会保障の充実を掲げたオバマ政権は、急速に経済を悪化させて来年の再選に黄信号が灯っている。
古今東西どこを見ても、重税、増税で国勢を回復させた政府は1つもない。
金持ち叩きが悪政である理由は景気減退だけではない。居酒屋チェーン「和民」の創業者、渡辺美樹氏が驚くべき体験を明かした。
「私のもとに、2つの国が『国籍をあげるから移住しないか』といってきています。日本の税金が高いことを知っていて、“ウチに来れば手取りが増えるよ”と誘っているわけです。そうしてお金を使ってくれる人を呼び込んで経済成長につなげるのが世界の常識です。国がお金を集めすぎれば、旧ソ連のように国家が破綻してしまうでしょう」
情報も経済活動もグローバル化した現代は、有能な個人や企業、財を持つ個人や企業から真っ先に日本を出て行く。秘かに国外脱出を準備している富裕層はすでに相当数いる。
※週刊ポスト2011年11月18日日号