昨年10月、一箱100円以上という過去最大の値上げをしたばかりというのに、またまた「値上げ」の話である。すでに一商品として異例の税金がかけられている「たばこ」を、さらに値上げし震災復興財源にしようというのだ。しかし、その先には、推進者の思いとは裏腹の事態が待ち構えている。経済評論家の森永卓郎氏が解説する。
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小宮山洋子厚生労働相が「たばこ税を1箱700円程度まで増税しても税収は減らない」などと発言したことを受けて、安住淳財務相が「小宮山先生はたばこが嫌いなんですよね」と口にしたが、これがすべての根幹にある。神奈川県の松沢前知事と何度もやりあってよくわかったが、「たばこが嫌なので殲滅したい」という感情を満たすために政策を進めているとしか思えない。
たとえば神奈川県では、前述のように喫煙客が外食を控えたり、規制の及ばない県外に逃げてしまうなどして飲食業界を中心に「3年間で237億円の経済損失」が試算されているが、これが全国に広がれば、実に3年間で4880億円もの経済損失になるという(富士経済と三菱UFJリサーチ&コンサルティングの共同調査)。単純に年間換算すると1626億円であり、先の増税分2000億円が加われば、経済損失は年間3626億円にもなる。
にもかかわらず、厚労省は職場の受動喫煙防止を目的に「労働安全衛生法改正案」という名の受動喫煙防止法の法制化を目論み、兵庫県でも「受動喫煙防止条例」の制定が進められている。
兵庫県の井戸敏三知事もたばこ嫌いで有名であり、当初は「分煙はあくまで暫定的措置」という神奈川よりも厳しい内容を迫ろうとしていた。県内の飲食店やホテルなどの業界から猛反発を受け、さすがにここにきて一部の例外を認めるなどトーンダウンしつつあるが、それでも条例化の旗を下ろそうとはしていない。
本来、受動喫煙による健康被害を防止する目的なら「分煙」で済むはずだ。すでに多くの飲食店などで導入しているように「禁煙」「喫煙」の看板を店頭に掲げておけば、利用者も選ぶことができるし、最もコストがかからない方法といえる。
ところが、実際には300万~1000万円かかる分煙装置などを導入して完全分煙にしろと迫っている。大規模なチェーン店ならいざ知らず、小規模店ではコストもスペースもないことは目に見えている。このことからも明らかなように、兵庫も含めた嫌煙派の為政者たちは、あくまで殲滅を狙っているのだ。
そもそも国家経済にとって「多様性」は不可欠である。
歴史を遡れば、ナチスドイツのヒトラーやイタリアのムッソリーニは強烈な禁煙運動を進めたことでも知られる。一方、英国のチャーチルや米国のマッカーサーは片時もたばこを離さなかった。その後、どちらが繁栄したかは歴史が証明しているのだ。
経済の豊かさは一方的な価値観の押し付けだけでは生まれてこない。ましてや世界にはさまざまな文化があって、長期的にはそのような文化の豊かさがないと新しいものは生まれない。たばこもひとつの文化と考えれば、それすら認めないような多様性なき社会では経済の発展など望むべくもないだろう。
たとえば、こんな社会実験をしてみてはどうだろうか。たばこが嫌な人間を集めた「禁煙特区」と、たばこを吸いたい人と吸っても構わない人を集めた「喫煙特区」をつくる。
現在の喫煙率から考えれば、人口は禁煙特区の方が3倍ほど多いかもしれないが、そこには選択の余地は少なく、言ってしまえばつまらない社会になってしまう。これに対し、喫煙特区は人口こそ少ないが、喫煙も禁煙も選べるライフスタイルの自由がある。そこから新たな発想が生まれ、長期的には多様性のある街が発展する、と考えるのは私だけではないだろう。
たばこ規制によって日本が多様性を失っていくことは、経済的な“自殺行為”に等しいのである。
※SAPIO2011年11月16日号