11月7日に突然亡くなった鳴戸親方。彼の死には“どす黒い影”が漂う。30年以上にわたって角界の暗部であり続ける「あの問題」とも深く関わっているからだ。八百長問題である。
鳴戸親方は角界随一の「ガチンコ親方」として知られていた。今年3月に本誌で大関・日馬富士の八百長を告発した元伊勢ヶ濱部屋力士・雷鳳は、こう証言していた。
「鳴戸部屋の稀勢の里と若の里は正真正銘のガチンコ。あの部屋で変な相撲を取って帰ってきたら、親方にボコボコに殴られる。あれだけ厳しい親方がいたら、注射(八百長)なんてする気もなくなります」
鳴戸部屋には「出稽古禁止」という親方の決めたルールがある。理由は「他の部屋の力士に情が移るから」。稀勢の里にテレビ出演の依頼が来ても、他の力士と一緒の控室だと知るや、親方が断わりを入れる徹底ぶりだった。
そんな鳴戸親方が、同じくガチンコ親方として知られる貴乃花親方と前回の理事選で愛憎劇を繰り広げたのは皮肉というほかないが、とまれ、「ガチンコ親方」は一部の協会幹部から深い恨みを買っていた。先述した八百長問題の際に“目立ちすぎた”というのだ。
「協会内で処分が検討されている頃、鳴戸親方は『俺なら疑われただけで引退する』、『ウチの部屋の者を疑惑力士と一緒のバスに乗せるわけにはいかない』、『(八百長関与の多かった)学生力士はダメ。ウチは一から育てている』などと公言し、あたかも“鳴戸部屋以外は全員八百長”といわんばかりだった。
放駒理事長に『八百長部屋は師匠も含めて追放して出直すべき』とまで進言していたらしく、それが北の湖親方や九重親方らの理事辞任にがったと見られている」(スポーツ紙相撲担当記者)
これが“鳴戸糾弾”ムードの起爆剤となった。
「鳴戸親方に厳しい処分を求めた親方衆の多くは、現役時代から注射力士だった者が多く、八百長問題で処分された親方もいる。稀勢の里にまで処分を求めるのは、そうした怨念があったからだ」(相撲協会幹部)
そうした“八百長派”の反攻は、確実に鳴戸親方を苦しめていたようだ。鳴戸親方の知人が語る。
「週刊誌に報じられた疑惑について、親方は“強い力士を育てるためだ”という信念を曲げなかった。協会の聴取でもそう説明し、『これでは、まともな弟子も育てられない』とこぼしていた。ただし、稀勢の里が暴行に加担していたことは頑なに否定していました」
“度を超したかわいがり”を是とする鳴戸親方の認識の甘さは否めない。だが、この知人の証言からは、「稀勢の里に累が及ぶことはあってはならない」と考えていた様子が読み取れる。
※週刊ポスト2011年11月25日号