病気の子供たちを癒す、セラピードックに注目が集まりつつある。セラピードッグとは、体や心の病気、けがをした人たちの立ち直りをサポートするために、盲導犬や介助犬などとともに、病院や診療所などで活動する犬のこと。
静岡県立こども病院には、病気やけがと闘う子供たちを癒し続けている犬がいる。その名もベイリー。ベイリーは、ゴールデン・レトリーバー種のオスで、まもなく4才。オーストラリア生まれで、ハワイのトレーニングセンターで特別な訓練を受けて育てられたセラピードッグだ。
すでに1年近くも入院生活を送っていたマコさん(当時16才)ばかりでなく、静岡県立こども病院には、いわゆる難病で入院している子供が少なくない。だから外科手術も日常の光景だ。しかし、子供たちにとって、手術が怖くないわけがない。当日となれば、恐怖で泣きじゃくる子供がいる。
緊張のためか表情をなくし、一言も発しなくなる子供がいる。
だが、ベイリーがそんな状況を一変させたと、ハンドラーの森田優子さん(30)はいう。
「手術室に向かうのは絶対に怖いはずなのに、“ベイリーとなら、行く”という子供が増えたんです。そういう子供は、手術室の手前で麻酔を受けるところまで、ベイリーのリードを持たせ、一緒に歩いていくんです」
麻酔を受けることだって怖い。
しかし、看護師さんが、「ほら、ベイリーが“頑張って”っていってるよ」と声をかけると、子供たちは笑顔さえ浮かべるようになったという。
11月11日に発売された『ベイリー、大好き セラピードッグと小児病院のこどもたち』(小学館)には、同病院の麻酔科医長・堀本洋医師のこんな言葉が紹介されている。
<手術前に母親が付き添うなどして精神的に安定していると、手術後の苦痛も少なくなるというデータがあります。(中略)ベイリーがそばにいるのも、母親と同じような効果があると思います>
ときには、「明日、ベイリーと手術なの」――そう自慢げに笑う子供までいるそうだ。
そんなベイリーが、この2年間に病棟で触れ合った子供たちは、延べにすれば5000人を超えるという。その中には時に、森田さんにとっても、ベイリーにとっても悲しい現実もある。
ユヅキくんの場合がそうだった。他の子供たち同様、ベイリーのことが大好きな男の子だった。
ユヅキくんは1才10か月になる昨年の7月、治療を続けていた脳腫瘍の病状が厳しいものとなり、主治医から「余命は短ければあと半年」と告げられてしまう。両親は残された時間を家族で過ごすため、退院を決意。森田さんはその後も時間の許す限り、ベイリーを連れてユヅキくんを自宅に訪ねた。
「とにかくユヅキくんが喜ぶ顔を見たくって…」(森田さん)
ユヅキくんは当時、呼吸のためにのどにチューブが挿入され、声を発することができない状態にあった。いつものように、ベイリーと森田さんがユヅキくんの元を訪ねたある日。病院に帰る時間になって、森田さんが別れを告げ、ベイリーが背を向けた瞬間だった。
「ベイ、リー」
声にならないはずのかすかな声が、チューブを伝って確かに聞こえてきた。
ベイリーと少しでも一緒にいたい――そのいたいけな気持ちが起こした、奇跡のような出来事だった。
そうして今年7月、ユヅキくんは3年に満たない短い命を閉じた。
「ベッドの上で動かなくなったユヅキくんのそばで、ベイリーはじっとして、ユヅキくんが起き上がるのを待っているようでした」(森田さん)
※女性セブン2011年11月24日号