【書評】『修羅場の経営責任 今、明かされる「山一・長銀破綻」の真実』(国広正著/文春新書/819円)
【評者】関川夏央(作家)
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著者・国広正は弁護士、一九九四年、三九歳で「町弁」として独立した。「民暴(民事介入暴力)対策」が得意で、「火中の栗は拾う」タイプだ。
「やくざ者と渡り合うのが嫌いではなかった」彼が、山一証券の「総会屋絶縁チーム」にスカウトされたのは九七年夏である。だが九七年一一月、山一は破綻した。含み損の生じた有価証券の「飛ばし」が露見したのである。株価さえ回復すればと願ったが、二度とバブルはこなかった。
同月中に三洋証券、拓銀も破綻、まさに「魔の一一月」となった。国広弁護士は、破綻の理由と経緯を探る「社内調査」チームの一員となり、ついで第三者機関の「法的責任判定委員会」のメンバーに移行した。
そんな彼が、「不良債権隠し」のために「粉飾決算」を行なったとして立件された日本長期信用銀行幹部の弁護を九九年に引受けたのは、それが「国策捜査」だと知ったからだ。
検察は、あらたな引当・償却基準をしめした「新基準」を、適用勧告前年に適用しなかったことを犯罪だとした。将軍が、敗戦の責任をではなく、事実無根の生物化学兵器使用の罪を問われたようなものだ。
冤罪事件は、無実の人を犯人にしてしまうことだが、国策捜査は特定の人の断罪が目的だから、なんとしても犯罪を見つけようとする。見つからない場合は、事件をつくる。
誰でもいいから、「悪い奴」を出さなくてはマスコミ世論が納得しないからだ。法律の遡及適用とは、「対日協力者」を六〇数年前にさかのぼって罰しようとした韓国のようだ。
一審、二審とも有罪判決が出た。しかし少し遅れて始まった民事裁判では無罪だった。どちらも最高裁まで行き、どちらも被告が勝った。「市民の怒り」に迎合したポピュリズムから、司法はきわどく守られた。
痛快な印象の本だが、そこに書かれた問題は相当に深刻である。
※週刊ポスト2011年11月25日号