広瀬和生氏は1960年生まれ、東京大学工学部卒。音楽誌『BURRN!』編集長。30年来の落語ファンで、年間350回以上の落語会、1500席以上の高座に接する。その広瀬氏が、“落語界随一のアスリート”と評する落語家が橘家圓太郎だ。
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落語界きっての「武闘派」といえば林家彦いちだが、落語界随一のアスリートといえば宮古島トライアスロンの常連、橘家圓太郎だろう。春風亭小朝の一番弟子だ。
福岡県福岡市出身、1962年生まれ。1982年に小朝に入門して前座名「あさり」。1987年に二ツ目に昇進した際には改名せず、1997年に真打昇進して八代目橘家圓太郎を襲名。早くから評論家筋にその才能を高く評価され、数多くの賞を受賞している。
トライアスロンは水泳・自転車・長距離走を一人で連続して行なう「最も過酷な耐久レース」だが、圓太郎は国内有数の大会である宮古島レースに2004年から2010年まで連続出場し、そのうち三回は見事に完走した。(10年のレース中、自転車で転倒・骨折したため11年は出場を断念)
褐色の引き締まった肉体といい頑固オヤジ風の容貌といい、師匠の小朝とはまるで正反対の圓太郎だが、「落語の上手さ」という点では、きっちり師匠の跡を継いでいる。
何より口跡がいい。キレのいい江戸っ子口調は、若き日の小朝によく似ている。といっても、師匠のコピーをしているわけではない。小朝のソフトな声質とは異なる、みのもんた風の「通りの良さ」を持つ男らしい声質が、往年の小朝を思わせるシャープな口調と合体して、江戸下町の庶民の日常をリアルに表現するのが圓太郎の落語だ。
その男らしく線の太い声を、ときに意図的に上ずらせ、ひっくり返したりしながら、登場人物の感情の高ぶりや情けなさ、威勢のいい態度の中に潜む狼狽といったものを表現する圓太郎の演技には、商業演劇的なアプローチに近い小朝とは一味違う「落語的リアリティ」がある。
※週刊ポスト2011年11月25日号