悲観論のほうが流行る世相は哀しい。大震災や原発事故、それを克服できないどころか、このタイミングで大増税や年金カットを持ち出す政治、そして世界の経済危機――確かに国民を意気消沈させるには十分な背景はある。
政治家や官僚、経営者が庶民から富を吸い上げて街角景気を悪化させていることもある。が、それだけではない。彼らには「不況風がうれしい」裏事情がある。
官僚はわかりやすい。財政危機を強調すれば増税の理屈が立つし、年金カットも押し通せる。小泉政権時代に盛んに使われた「改革の痛みに耐えて」というレトリックである。さらに、
「景気が良ければ民間に自由に活動させておけばいいわけで、官僚の仕事はなくなる。予算を使い、権限を強化するには不況のほうがいい。『官僚は不景気が好き』といわれる所以です」
財政学の権威、大正大学経済学部の藤岡明房・教授はそう喝破する。藤岡氏は、将来も社会資本として残る震災復興事業を、国債発行ではなく増税でやろうとしていることも官僚の企みだとみている。不景気や災害を悪用しているのだ。
小泉政権がそうであったように、政治家も不況といっておけば損はない。景気対策予算が組めるし、失政の言い訳にもなる。選挙の前になったらカネをバラ撒いて票を買えばいいという考え方は永田町の伝統だ。では、財界はどうか。実は彼らの“不況騒ぎ”も猿芝居なのである。
「経済環境が悪い時はリストラのチャンス。人件費削減と不採算事業の整理を進めることができる」
とは、さる大手メーカー専務取締役が本誌に述べた偽らざる本音である。その証拠に、これだけ不況だといっておきながら、日本企業の内部留保は257兆円と、史上最高レベルに達している。また、この専務は、円高についてこんなカラクリも明かした。
「日本の大手輸出企業で、本気で円高を恐れているところはない。すでに為替対応はできており、円高ドル安なら米国工場で、ユーロ安なら欧州で、円安になれば国内生産を増やせばいいだけ。円高は海外子会社が儲かって日本本社の利益が減るだけで、企業全体としては痛くない。むしろ円高を理由に生産性の低い国内工場を海外移転できるならメリットのほうが大きい」
それら大企業に支配される中小企業は事情も違うだろうが、少なくとも財界エスタブリッシュメントの感覚はこのようなものだ。
今の経団連は、消費増税に賛成するかわりに企業減税まで求めている。とんだ三文役者の集団である。
そんな権力者たちの思惑に、まんまと踊らされるのが大新聞やテレビである。自分たちで取材も勉強もしようとせず、官僚、政治家、財界や大企業の「ブリーフィング」と称する洗脳に、記者クラブ丸ごと、どっぷり浸かっている。
そして国中に不況風が吹き荒れ、国民は重税にも給与カットにも「仕方ない」と思わされ、その裏で政・官・財・報の既得権益者たちが大笑いしている。
※週刊ポスト2011年12月9日号