ジャーナリスト・武冨薫氏の司会&レポートによる本誌伝統企画「覆面官僚座談会」。呼びかけに応えた官僚は財務省中堅官僚のA氏、経産省中堅のB氏、総務省ベテランのC氏、農水省若手のD氏だ。今回は野田政権での増税論議の背景を討論した。
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――財務省が野田首相に囁いた最悪の国民背信が消費税増税だ。
財務A:総理の決意は固い。藤井裕久税調会長も、「除夜の鐘を聞く頃にはまとめる」と、年越し覚悟で党内の説得に自信を見せている。この点では、彼らも腹をくくっている。
経産B:しかし、彼らにできるかな。藤井さんは鳩山内閣の財務相当時、ガソリン暫定税率の廃止問題(※)で党内を説得できず、最後は小沢一郎幹事長(当時)の「鶴の一声」に頼った。
財務A 自民党も最後は協力するから大丈夫だ。
総務C:そこが危ない。総理も官僚も国会しか見ていないと、国民の視線の厳しさを感じられなくなる。
――Cさんは、座談会の冒頭で「財務省の奥の院」という言い方をしていた。その真意は?
総務C:税制改革で何度も苦労した財務省の有力OBは、野田政権が「財務省の傀儡(かいらい)」とか、(野田政権を陰で操っているのは財務省の勝栄二郎事務次官との噂から)「勝首相」とかマスコミで呼ばれ、国民に野田政権を動かしているのは財務省だと思われていることを憂慮しているんです。
農水D:事実は、どじょうが泥に潜るから、勝次官が目立ってしまうんでしょうけどね。
総務C:いや、消費税に突き進んでいるのは勝さんというより、次の次、その先の次官をめざして成果をあげたい財務省中枢を担う官僚たちだ。彼らは消費税法案と他の重要法案を抱き合わせにして、それこそ成立しないと国民生活に支障が出るところまで野田総理や与党を追い込み、最後は自民党との話し合い解散を条件に法案を成立させることまで考えている。
そこまで力ずくでやって、もし野田政権が行き詰まって倒れたら国民はどう見るだろうか。
経産B:確実に財務省、霞が関に怒りが向けられる。
総務C:中曽根総理が売上税に取り組んだのは、衆参同日選で大勝して政権は安定し、5年の長期政権の実績があった。だから導入を断念した時、国民の批判を浴びながらも、政治の責任で収拾することができた。政治の統治能力が健全に機能していたからだ。しかし、野田政権に国民の不満を受け止めることは無理だ。
経産B:政治が混乱し、怒りが官僚に向けられた時、どんな事態が起きるか、霞が関では知られた「伝説」がありますからね。細川連立政権が国民福祉税に失敗して短命に終わった後、政権に復帰した自民党は、憎き“小沢政権”に協力した霞が関に報復した。大蔵省の官官接待汚職、ノーパンしゃぶしゃぶ醜聞が吹き荒れ、結果的に小沢さんの右腕だった斎藤次郎・次官の腹心たちが次々と退官させられた。さらに大蔵省は金融庁を分離され、「律令制以来、1000年以上の歴史を持つ」と誇っていた大蔵省の名前まで奪われて財務省に格下げされた。
総務C:Aさんたちはそれをまた繰り返すの? 勝次官ら首脳部にはOBのお歴々から、「野田政権に深入りせずに撤退を考えておけ」とサインが出ているはずですよ。
――消費税増税は断念?
財務A:それはできない。
農水D:小さな変化はあります。財務省があれほど批判を浴びても「凍結」にこだわっていた朝霞の公務員宿舎建設を「中止」することを容認したのも、国民の風当たりを本気で心配している現われでしょう。
※ガソリン暫定税率/ガソリン税に臨時に加算されている税金。1リットルあたり25.1円。民主党は前回総選挙で暫定税率廃止による値下げを公約したが、政権交代後の2009年末の予算編成で財源不足から廃止問題が党内の争点となった。当時の小沢一郎・幹事長は、「廃止しない」方針を決め、かわりに小売価格が高騰して1リットル60円を超えた場合は、暫定税率を停止して価格を引き下げる「トリガー条項」が導入された。ただし、現在は東日本大震災で発動停止中。
※週刊ポスト2011年12月9日号